清水誠一
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清水 誠一 しみず せいいち | |
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生年月日 | 1949年2月16日(75歳) |
出生地 | 日本 北海道帯広市 |
出身校 | 北海道帯広三条高等学校 |
前職 | 洋装店社員 |
所属政党 | 自由民主党(二階派) |
子女 | 息子・清水拓也(北海道議会議員) |
選挙区 | 比例北海道ブロック |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 2012年 - 2014年 |
選挙区 | 帯広市選挙区 |
当選回数 | 5回 |
在任期間 | 1991年 - 2011年 |
当選回数 | 3回 |
在任期間 |
1983年 - 1991年 2022年 - 2023年 |
清水 誠一(しみず せいいち、1949年(昭和24年)2月16日 - )は、日本の政治家。
過去に衆議院議員(1期)、北海道議会議員(5期)、帯広市議会議員(通算3期)を歴任した。
経歴
[編集]伝記の記載を年譜形式のみとすることは推奨されていません。 |
- 1949年(昭和24年) 北海道帯広市生まれ[1]。
- 1967年(昭和42年) 北海道帯広三条高等学校卒業し、札幌真木呉服店入社[1][2]。
- 1969年(昭和44年) 清水洋装店入社[1]。
- 1983年(昭和58年) 帯広市議会議員初当選[1]。
- 1991年(平成3年) 北海道議会議員選挙帯広市選挙区から初当選[3]。
- 2010年(平成22年) 後援会関係者の一部が、党道連から割り当てられた電話で、中川義雄の長男でみんなの党から立候補した中川賢一の支援を呼びかけた道義的責任を取り、暫定的に務めていた自民党北海道11選挙区支部長、自民党北海道支部連合会副会長、自民党帯広支部長を辞任した[4]。
- 2011年(平成23年) 6選を目指したが、新人で前帯広市議会議員の山崎泉に928票差で敗れた。
- 2012年(平成24年) 第46回衆議院議員総選挙の比例北海道ブロックに自民党名簿登載順位13位単独で立候補し初当選。
- 2014年(平成26年) 第47回衆議院議員総選挙の比例北海道ブロックに自民党13位名簿登載順位単独で立候補するも落選。
- 2017年(平成29年) 第48回衆議院議員総選挙の比例北海道ブロックに自民党14位名簿登載順位単独で立候補するも落選。
- 2022年(令和4年) 帯広市議会議員補欠選挙に立候補し、当選[5]。市議会議員としては1991年以来31年ぶりの返り咲き。
- 2023年(令和5年) 帯広市議会議員選挙に立候補せず退任。
政策
[編集]人物
[編集]1977年(昭和52年)、自民党青年部の一員として旧統一教会の関連団体である国際勝共連合と接触して以来旧統一教会及びその関連団体の支援を受けており、清水も教団関連のメディアやイベントに出席していた。帯広市議会議員に復帰した2022年現在も関係があり、今後も支援を要請する意向を示している。また統一教会が行っていた霊感商法については身の回りでトラブルはなかったとした上で「マスコミの造語」と主張した[7]。
→「世界平和統一家庭連合と政界との関係」も参照
所属団体・議員連盟
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d 前衆議院議員 清水誠一>>プロフィール
- ^ 常盤に誓う~帯広三条高校90年の足跡 -2-
- ^ 北海道議会議員(地方自治法施行後) 24期
- ^ 自民道11区清水誠一支部長が引責辞任
- ^ ◇帯広市議補選開票結果 - 北海道新聞 どうしん電子版 2022年4月18日
- ^ “特定秘密保護法 国会議員の投票行動”. 東京新聞. 2014年12月13日閲覧。
- ^ 旧統一教会と政治家また新たな関係が…帯広市の議員「霊感商法はマスコミの造語」HTB2022年8月2日付
外部リンク
[編集]- 衆議院議員 清水誠一 - ウェイバックマシン(2016年6月25日アーカイブ分)