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海本幸治郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
海本 幸治郎
名前
カタカナ カイモト コウジロウ
ラテン文字 KAIMOTO Kojiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1977-10-14) 1977年10月14日(47歳)
出身地 大阪府吹田市
身長 183cm
体重 76kg
選手情報
ポジション DF
利き足 右足
ユース
1993-1995 日本の旗 東海大仰星高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1996-2000 日本の旗 ガンバ大阪 29 (1)
2001-2002 大韓民国の旗 城南一和 11 (0)
2003-2004 日本の旗 名古屋グランパスエイト 39 (4)
2005-2006 日本の旗 アルビレックス新潟 11 (0)
2006-2008 日本の旗 東京ヴェルディ 52 (1)
2009 オーストラリアの旗 ボニーリグ・ホワイト・イーグルス 3 (0)
2009 オーストラリアの旗 ノースクイーンズランド・フューリー 2 (0)
通算 147 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。2009年12月31日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

海本 幸治郎(かいもと こうじろう、1977年10月14日)は大阪府吹田市出身の元プロサッカー選手。ポジションはDF。 兄の海本慶治も元プロサッカー選手。

Kリーグ時代の登録名は海本ハングル: 가이모토)[1]

来歴

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1996年ガンバ大阪に入団。年代別日本代表にも招集される期待の若手選手だったが、1997年末以降は骨折を繰り返し、2000年にクラブから戦力外通告を受けた。

2001年Kリーグ城南一和に移籍して日本人初のKリーガーとなる。1997年末から数えて計8回の骨折とリハビリの末に2001年10月にKリーグでのデビュー戦に出場した。この試合は自身3年ぶりの公式戦であると同時に、城南がリーグ優勝を決めた試合でもあった[2]。 翌2002年は出場機会も増え[3]、Kリーグ連覇に貢献した。

2003年、兄・慶治も在籍する名古屋グランパスエイトに移籍。当初、ズデンコ・ベルデニック監督は海本をセンターバックの駒として考えており出番に恵まれなかったが、人数不足から右アウトサイドとして出場したサテライトの試合でのプレーが高く評価され、シーズン途中から右アウトサイドのレギュラーに定着した[2]。2005年より兄・慶治と揃ってアルビレックス新潟に移籍した。

出場機会を求めて2006年5月31日東京ヴェルディ1969に移籍した。

2008年にはグロインペイン症候群を発症。4月28日に都内の病院で手術。その間に福田健介の台頭もあって公式戦の出場はなく、11月末に契約の非更新が発表された。

2009年7月4日ニューサウスウェールズ・プレミアリーグボニーリグ・ホワイト・イーグルスへ移籍。

2009年8月5日オーストラリアノースクイーンズランド・フューリーFCへの移籍が決まった。

2009年10月22日、自身のオフィシャルブログで引退を表明した。

プレースタイル

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主なポジションはディフェンダーおよびミッドフィールダーの右アウトサイド。フィジカルが強くスピードがあり、サイドからの突破力に定評がある[3]

所属クラブ

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ユース経歴

プロ経歴

個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1996 G大阪 - J 5 0 5 0 0 0 10 0
1997 19 11 1 2 0 0 0 13 1
1998 13 0 0 0 0 0 13 0
1999 13 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2000 0 0 0 0 0 0 0 0
韓国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2001 城南一和 20 Kリーグ 1 0
2002
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2003 名古屋 17 J1 18 2 2 0 1 0 21 2
2004 21 2 7 0 0 0 28 2
2005 新潟 6 0 5 0 0 0 11 0
2006 5 0 1 0 - 6 0
東京V 43 J2 26 1 - 1 0 27 1
2007 18 26 0 - 0 0 26 0
2008 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
通算 日本 J1 79 5 22 0 1 0 102 5
日本 J2 52 1 - 1 0 53 1
韓国 Kリーグ
総通算

代表歴

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  • U-16、U-18、U-21日本代表

タイトル

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脚注

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  1. ^ 가이모토”. K League. 2023年11月4日閲覧。
  2. ^ a b 海本幸治郎 選手「圏外」より『週刊サッカーマガジン』ベースボールマガジン社、2003年12月30日号 No.954、21ページ。
  3. ^ a b ウイークリー・インタビュー「止める・蹴る・しゃべる」『週刊サッカーマガジン』ベースボールマガジン社、2003年11月11日号 No.947、57-59ページ

関連項目

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外部リンク

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