元暦
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源氏と平家の争乱の時代で、平家方ではこの元号を使用せず寿永を引き続き使用していた。
改元
[編集]出典
[編集]「尚書考霊耀」の「天地開闢、元暦紀名、月首甲子冬至、日月若懸璧、五星若編珠」より
元暦期におきた出来事
[編集]- 元暦2年(寿永4年)2月19日 屋島の戦い
- 元暦2年3月24日 壇ノ浦の戦い。平家が滅亡
- 元暦2年7月9日 元暦大地震が起こる。地震の震源は京都盆地北東部で、マグチュードは7.9と推定されている[1]。
西暦との対照表
[編集]※は小の月を示す。
元暦元年(甲辰) | 一月※ | 二月 | 三月※ | 四月※ | 五月 | 六月※ | 七月 | 八月 | 九月※ | 十月 | 十一月 | 十二月※ |
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寿永三年 | ||||||||||||
ユリウス暦 | 1184/2/14 | 3/14 | 4/13 | 5/12 | 6/10 | 7/10 | 8/8 | 9/7 | 10/7 | 11/5 | 12/5 | 1185/1/4 |
元暦二年(乙巳) | 一月 | 二月※ | 三月 | 四月※ | 五月※ | 六月 | 七月※ | 八月 | 九月※ | 十月 | 十一月 | 十二月 |
寿永四年 | ||||||||||||
ユリウス暦 | 1185/2/2 | 3/4 | 4/2 | 5/2 | 5/31 | 6/29 | 7/29 | 8/27 | 9/26 | 10/25 | 11/24 | 12/24 |
脚注
[編集]- ^ 水野章二「中世の災害」/ 北原糸子編著『日本災害史』吉川弘文館 2006年 148ページ
関連項目
[編集]
注1:前の数字は番号。南北朝時代の「南」は南朝、「北」は北朝の元号を指す。慣例に従い南朝を正統とする。 注2:後の数字は元年と末年。源氏政権の「寿永」は元年でなく使用開始年を記し、「正平」は南北統一の年と再分裂の年、「観応」は復活の年、「明徳」は統一の年も記す。 注3:明治以前は、改元が布告された年の元日に遡って新元号を適用されたと見なす立年改元が慣例とされていた。赤背景では布告日を西暦に換算すると年が明けているが、元日に遡るのであればそのままである。例えば、安政への改元が布告された嘉永7年11月27日は1855年1月15日であるが、元日は1854年1月29日である。 | |||||||||||||
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