コンテンツにスキップ

クマバチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
クマバチ属
Xylocopa appendiculata
蜜を集めるキムネクマバチ(メス)
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 昆虫綱 Insecta
: ハチ目 Hymenoptera
: ミツバチ科 Apidae
亜科 : クマバチ亜科 Xylocopinae
: クマバチ族 Xylocopini
: クマバチ属 Xylocopa
学名
Xylocopa Latreille1802
タイプ種
Xylocopa violacea Linnaeus1758
英名
carpenter bees
[1]
  • アカアシセジロクマバチ X. albinotum
  • アマミクマバチ X. amamensis
  • クマバチ X. appendiculata circumvolans
  • オキナワクマバチ X. flavifrons
  • オガサワラクマバチ X. ogasawarensis
  • ソノーラクマバチ X. sonorina

クマバチ(熊蜂、学名Xylocopa)は、ミツバチ科クマバチ属に属する昆虫の総称。一般に大型のハナバチであり、これまで、約500が記載されている。方言によっては、連濁に伴う入り渡り鼻音を挟んでクマンバチとも呼ばれる。

日本の在来種は、クマバチ(キムネクマバチ)、アマミクマバチ、オキナワクマバチ、アカアシセジロクマバチ、オガサワラクマバチの5種が知られ、それぞれ地理的に棲み分けている(「下位分類と分布」の章を参照)。また、近年、タイワンタケクマバチソノーラクマバチ(en)など外来種の侵入も確認されている。単にクマバチと呼ぶときは、北海道から九州にかけて広く分布するクマバチ(別名キムネクマバチ[2]Xylocopa appendiculata circumvolans (Smith1873))を指すことが多い。

形態

[編集]

体長は2cmを超え、ずんぐりした体形で、胸部には細く細かいが多い。全身(地色)が黒く、(昆虫の羽のこと)も黒っぽい飴色、胸部の毛は種によって色が異なり、本州などでみられるクマバチは胸部が黄色いのでよく目立つ[2]。体の大きさの割には小さめな翅を持つ。

メスは顔全体が黒く、複眼は切れ長。額は広く、顎も大きいため、全体に頭が大きい印象である。それに対し、オスは複眼が丸く大き目で、やや狭い額に黄白色の毛が密生し[2]、全体に小顔な印象を受ける。

生態

[編集]

本州のクマバチ(キムネクマバチ)は、おおむね山桜類カスミザクラなどが咲き終わる晩春頃に出現し、街中でもフジニセアカシアの花などに活発に訪花するのがよく見られる。成虫の活動期間は晩春から中秋頃まで。寿命は1年程度と推定され、その年生まれの新成虫は越冬して[2]翌年に繁殖活動に参加すると推定されている。

羽ばたきの40倍高速度撮影
実時間0.9秒

「ブーン」という大きな音を立てて、安定した飛行をする。

食性は、他のハナバチ同様、花蜜花粉食。初夏から秋にかけてさまざまな花を訪れるが、頑丈な頸と太い口吻を生かして花の根元に穴を開けて蜜だけを得る盗蜜もよく行う。この頑丈な頸は、後述の穿孔営巣性によって発達したものと考えられ、このハチの形態的特徴のひとつである。

フジの仲間の花はクマバチに特に好まれるが、とても固い構造で蜜を守っており、クマバチの力でこじ開けないと花が正面から開かない。また、クマバチが花に止まって蜜を飲もうとすると、初めて固い花弁が開いて隠れていた花柱が裸出し、クマバチの胸部や腹部に接する。このことから、フジはクマバチを花粉媒介のパートナーとして特に選んでいると考えられる。こうした、クマバチに特に花粉媒介を委ねている花はクマバチ媒花と呼ばれ、トケイソウ科パッションフルーツなどの熱帯果樹や、マメ科フジユクノキなどに見られる[3]

春先の山道林道では、オスが交尾のために縄張り内の比較的低空をホバリングし、近づくメスを待つ様子が多数見られる。また、オスはメスに限らず飛翔中の他の昆虫や鳥類など接近してくる対象のすべてを追跡し、メスであるか否かを確認する習性がある。

初夏、メスが太い枯れ枝や木造家屋の垂木などに細長い巣穴を掘り[2](穿孔営巣性)、中に蜜と花粉を集める。蜜と花粉の団子[2]幼虫1匹分ずつ丸めて産卵して間仕切りをするため、1つの巣穴に1列に複数の個室が並ぶ。その夏のうちに羽化する子供はまだ性的に未成熟な亜成虫と呼ばれ、しばらく巣に残って親から花粉などを貰う。また、その際には亜成虫が巣の入口に陣取ることにより、天敵の侵入が若干だが防がれる。巣内に侵入して産卵する天敵として、ヒラズゲンセイがよく知られる[4]。成虫の姿での母子の同居は通常の単独性のハナバチには見られない行動であり、亜社会性と呼ばれる。これはまた、ミツバチマルハナバチなどにみられる高度な社会性(真社会性)につながる社会性への中間段階を示すものとも考えられる。巣の周囲で他の個体への激しい排斥行動は行わないため、同じ枯れ木に複数が集まって営巣することもある。

体が大きく羽音の印象が強烈であるため、獰猛な種と誤解されることが多いが、実際の性質はきわめて温厚である[2]。ひたすら花を求めて飛び回り、人間にはほとんど関心を示さない。オスは比較的行動的であるが、が無いため、刺すことはない。毒針を持つのはメスのみであり、メスは巣があることを知らずに巣に近づいたり、個体を脅かしたりすると刺すことがあるが、アナフィラキシーショックが出なければたとえ刺されても重症に至ることは少ない。

下位分類と分布

[編集]

人間との関わり

[編集]

都市伝説

[編集]

クマバチとマルハナバチ類に関しては「航空力学的に飛べるはずがない」という類の都市伝説が20世紀から流布しているが、これは誤りである[7]。主に航空機を対象とする従来の航空力学において昆虫の飛行一般の原理は大きな謎とされていたが、1980年代ごろから[8]昆虫の飛行に関して前縁渦(leading-edge vortex)が果たす役割が明らかとなって原理の解明が進み[9]、今日では工学的な再現や応用も視野に入れた研究が盛んに行われている[10]

熊蜂の飛行

[編集]

リムスキー=コルサコフの楽曲 "Полёт шмеля" は邦題『熊蜂の飛行』として知られるが、ロシア語の "Шмели" や英題にある英語の "Bumblebee" はマルハナバチを指す。ただし、英語圏においてもクマバチとマルハナバチは混同されることが多い[11]

クマンバチ

[編集]

「クマ」は哺乳類になぞらえ、大きいもの、強いものを修飾する語として用いられる。このため、日本各地の方言において「クマンバチ」という地域が多数あるが、クマンバチという語の指す対象は必ずしもクマバチだけではない場合(クマバチ[12]スズメバチ[12][13]マルハナバチウシアブほか)があり、多様な含みを持つ語である。クマバチとクマンバチでは別のハチを指す場合もある[13]。「ン」は音便化用法であり、方言としても一般的な形である。

スズメバチとの誤解

[編集]

本種は大型ゆえにしばしば危険なハチだと解されることがあり、スズメバチとの混同がさらなる誤解を招いている。主に長崎県においてスズメバチのことを「クマバチ(熊蜂)」と呼ぶことがあり[12][13]、これが誤解の原因のひとつと考えられる。花粉を集めるクマバチが全身を軟らかい毛で覆われているのに対し、虫を狩るスズメバチ類はほとんど無毛か粗い毛が生えるのみであり、体色も大型スズメバチの黄色と黒の縞とはまったく異なるため、外見上で取り違えることはまずない。

ハチ類の特徴的な「ブーン」という羽音は、人間にとって「刺すハチ」を想像する危険音として記憶しやすく、特にスズメバチの羽音とクマバチの羽音は良く似た低音であるため、同様に危険なハチとして扱われやすい。

かつて、児童文学作品の『みつばちマーヤの冒険』において、蜜蜂の国を攻撃するクマンバチの絵がクマバチになっていたものがあったり、『昆虫物語 みなしごハッチ』のエピソード(第32話)で略奪を尽くす集団・熊王らがクマバチであった。少なくとも日本において、ミツバチのような社会性の巣を集団で襲撃するのは肉食性のスズメバチ(特にオオスズメバチ)であり、花粉や蜜のみ食べるクマバチにはそのような習性はない。童話の中であれば、ミツバチとは仲良しと扱われてもおかしくはない。このように、本種が凶暴で攻撃的な種であるとの誤解が多分に広まってしまっており、修正はなかなか困難な様子である。

脚注

[編集]
  1. ^ 日本産昆虫学名和名辞書(DJI)”. 昆虫学データベース KONCHU. 九州大学大学院農学研究院昆虫学教室. 2013年5月8日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 森林生物データベース 00051 クマバチ”. www.ffpri.affrc.go.jp. 森林研究・整備機構. 2020年5月15日閲覧。
  3. ^ "クマバチ類",日本動物大百科10 昆虫III,平凡社,1998年9月20日,P.62
  4. ^ 岡本素治(2016).ヒラズゲンセイの生活史(1)~羽化から1齢幼虫の花上待機まで~.Nature Study 62(8).2016.pp6-9.
  5. ^ 研究の森からNo.110”. www.ffpri.affrc.go.jp. 森林研究・整備機構. 2020年5月16日閲覧。
  6. ^ 日本のクマバチの多様性 - 外来種タイワンタケクマバチの最前線”. sites.google.com. 川添和英. 2020年5月16日閲覧。
  7. ^ Karl Smallwood (2013年). “BUMBLEBEE FLIGHT DOES NOT VIOLATE THE LAWS OF PHYSICS”. Today I Found Out. 2021年1月13日閲覧。
  8. ^ Charles P. Ellington (1995). “Unsteady aerodynamics of insect flight”. Symposia of the Society for Experimental Biology 49: 109-129. PMID 8571220. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8571220/. 
  9. ^ Charles P. Ellington; Coen van den Berg; Alexander P. Willmott; Adrian L. R. Thomas (1996). “Leading-edge vortices in insect flight”. Nature 384: 626–630. doi:10.1038/384626a0. https://www.nature.com/articles/384626a0. 
  10. ^ 中田敏是 (2017年). “なぜ昆虫は飛べるのか? – 蚊の特殊な飛行メカニズムが明らかに”. academist journal. 2021年1月13日閲覧。
  11. ^ Xylocopa Latreille Large Carpenter Bees”. Discover Life. 2021年1月13日閲覧。 Sourced from Mitchell, T.B. (1962). Bees of the Eastern United States, Volume II. North Carolina Agricultural Experiment Station. Tech. Bul. No.152, 557 p.
  12. ^ a b c “くまんばち”, 新明解国語辞典 (第4版小型 ed.), 三省堂, (1989年12月10日), p. 345, ISBN 4-385-13142-2 
  13. ^ a b c "くまんばち". 日本語大辞典 (初版 ed.). 講談社. 6 November 1989. p. 556. ISBN 4-06-121057-2

参考文献

[編集]
  • 福田晴夫ほか『昆虫の図鑑 採集と標本の作り方 : 野山の宝石たち』(増補改訂版)南方新社、2009年、194頁。ISBN 978-4-86124-168-0 

外部リンク

[編集]