岩手 新たな切り札に!? ヨーロッパヒラガキ養殖に向けた挑戦
- 2024年12月24日
温暖化による海水温の上昇などの影響で、岩手の海は今、苦境に立たされています。そんな中で新たな特産になるかもしれないと期待が寄せられているのが「ヨーロッパヒラガキ」です。国内では消滅したと思われていたカキが岩手県沖に生息していたことがわかり、養殖へ向けた挑戦が始まっています。(盛岡放送局 釜石支局 梅澤美紀)
“やっている意味がない” 漁業の今
山田町で約30年、ホタテやカキの養殖を行っている福士貴広さん(54)。

この日、海で育てているホタテの状況を確認しに行くと、そこには衝撃的な光景がありました。ほとんどのホタテは身がない状態。水温が上昇している影響で、数年前から7割ほどが死んでしまうのだといいます。

福士さんはこの日、ある決断をしました。
山田町 漁業者 福士貴広さん
「これを水揚げしたらホタテは廃業。こんなに死んじゃうなら、やっている意味がないですよ」
父親の代から続けてきたホタテの養殖。厳しい状況のなかでもなんとか続けてきましたが、目の前の惨状を前に、あきらめざるを得ませんでした。町では他にもホタテ養殖を断念する人が出てきているといいます。
「これがなくなるのはつらいね。できればやりたいが、5年くらいはこんな状況で止まっている感じ。もう回復するという見込みはないんですよ、俺の中では。山田湾からホタテがなくなる日も近いんじゃないですか」
さらに、町特産のカキも高水温の影響などで死んでしまっているものが目立つようになってきたといいます。福士さんをはじめ、山田町の多くの漁業者にとってカキは大事な収入源。養殖の方法を変えるなどして対応しようとしてきましたが、限界を感じています。
「環境が変わっているスピードが、自分たちが思っているよりもすごく早いんですよ。それに追いつくのが大変。うちらの力ではどうにもならないような状況にきている」
ふるさとの漁業のために 研究者の思い
海の状況が変わるなかで漁業を支える新たな資源を見つけようと取り組んでいる研究者がいます。岩手県水産技術センターの寺本沙也加さん(30)です。

陸前高田市出身で、幼い頃から貝の研究に情熱を注いできました。2年前にふるさとの岩手に戻り今の仕事に就きました。貝類の研究を通じて、海の環境の変化にも耐え得る新たな養殖種を探しています。
岩手県水産技術センター 専門研究員 寺本沙也加さん
「岩手に戻ってきた当初から『サケが帰ってこない』とか『アワビがとれない』といった状況を聞いていたので、どうにか岩手の水産業を盛り上げていきたいと思いました」
生きていた“幻のカキ”
そんななか、去年、山田町の漁業者がSNSにあげた1枚の写真が目に止まりました。

カキに付着した、見慣れない貝類。3歳ごろから貝の収集を始め、全国各地で調査の経験を積んできた寺本さんでも見たことのない貝でした。寺本さんは漁業者にコンタクトをとり、研究のために提供を依頼。そして提供された貝のDNA解析を行ったところ、「ヨーロッパヒラガキ」と特定されたのです。
ヨーロッパヒラガキは、1952年にオランダから日本に持ち込まれ、東北の太平洋沖を中心にかつて試験養殖などが行われました。

ただ、生産効率の悪さや市場価値の低さなどから広がらず、多くは2000年代の初めごろまでに終了しました。その後、研究のために宮城県で保存されていた貝も東日本大震災の津波で流されたため、国内では消滅したと考えられていました。
調査を進めるにつれて県内のほかの湾でも同じような貝が相次いで確認され、沿岸の各地で生息していることが明らかになりました。過去に人為的に持ち込まれた記録がない海域でも生息しているということは、沿岸各地へ分布が拡大したことを示唆しています。天然の海域での分布拡大の可能性は低いと考えられてきたヨーロッパヒラガキ。その定説が覆されたのです。5月、寺本さんら研究グループは、研究成果をまとめた論文を発表しました。

水温30度でも生存可能とする過去の研究結果にも注目。高水温への耐性が比較的高いことが見込まれています。岩手県水産技術センターによると、県沿岸の水温は近年高い傾向にあるものの30度を超えることはなく、ヨーロッパヒラガキの生息には適した環境だと考えられるといいます。寺本さんは養殖を目指し、試験的に稚貝をつくり始めました。現在、国内で稚貝の生産や養殖を行っているところはないなか、5か月ほどかけて稚貝を育てました。
岩手県水産技術センター 専門研究員 寺本沙也加さん
「過去には取り組まれていた事例はあるものの、ここ20~30年は誰もやっていなかったので、やり方を教えてくれる人がほとんどいない。先行研究を勉強しつつ、自分で試行錯誤しながら進めていくことが大変でした」
そんな寺本さんの背中を押したのは、周囲からの期待の声でした。
「漁業者の皆さんから『これは面白い養殖種だ』という声をたくさんいただいたり、首都圏など県外の卸売業者や料理人の方々から『ぜひ購入したい』『店で使わせてほしい』という声を多くいただいたり・・・。論文を発表してから、自分が思っていた以上に反響があったんです。絶対にこれをものにしたいと強く思いました」
養殖に向け挑戦始まる
そして、ことし11月から稚貝を試験的に山田湾で育てていくことになったのです。福士さんなど16人の漁業者が挑戦したいと名乗りを上げました。

1年から2年ほどで出荷できるサイズにまで成長する見込みで、生育状況を確認しながら来年度以降、養殖に向けた本格的な技術開発が進められていく予定です。
山田町 漁業者 福士貴広さん
「やってみなければわからないというのが正直なところだが、若い漁業者がいなくなってきているなかで、若者が面白くできるものができれば一番いいと思っています」
その言葉の裏には、息子への思いがあります。5年前に高校を卒業した息子は今、東京の豊洲市場で働いています。地元で漁業をやりたいと話していましたが、福士さんはあえて県外での就職を勧めました。漁業の厳しい現状を考えると、継がせることはできないと考えたからです。息子は今でも、いつか地元に戻り漁業を継ぎたいと話しているといいます。
「当時は関東のほうに出してやるという選択肢しかなかった。このヒラガキがうまくいけば、『お前はこっちをやってみろ』って言ってもいいんじゃないかなと思っている」
食材としての可能性は
なじみのないカキをどう食べてもらうか。その可能性も探ろうと、福士さんと釜石市内の飲食店が協力し試食会を開きました。生食のほか、蒸したり焼いたりして味つけしたフランス料理が提供されました。

参加者
「生が苦手な人でも食べやすいんじゃないかな。ワインにも合う」
参加者
「歯ごたえがあってすごくおいしい」
そして、福士さんも・・・
山田町 漁業者 福士貴広さん
「ちょっとびっくりだな。これ、マガキよりおいしいかも。生食だけではなく、こうしたさまざまな料理で出せるとなればすごく可能性が広がると思います」
実は貝を食べるのは苦手だという寺本さんも試食しました。

岩手県水産技術センター 専門研究員 寺本沙也加さん
「こんなに美味しい貝があるのかと、びっくりしました。貝嫌いでも食べられます。あっさりした塩味のような感じですごくおいしい」
ヨーロッパヒラガキはフランスなどヨーロッパで古くから高級食材として食べられてきましたが、現在、フランスをはじめとする従来の主な産地では病気などで激減しているといいます。オイスターバーやフレンチレストランでは欠かせない食材とされていて、すでに国内のレストランなどから問い合わせが寄せられているといいます。
期待の高まる新たなカキ。漁業の未来をかけて、挑戦が続きます。
寺本沙也加さん
「漁業者の皆さんが、落ち込んでしまった岩手の水産業をどうにか盛り上げようと、立て直そうという気持ちで頑張っている。ヨーロッパヒラガキを通じて一緒に岩手の水産業を盛り上げていけたらいいなと思っています」
取材後記
なかなか漁業の明るい話題を聞かない今だからこそ、このヨーロッパヒラガキに寄せる漁業者や研究者のみなさんの期待はとても大きいと感じました。私も試食してみましたが、ワインと絶妙に合うおいしさで、期待せずにはいられません。岩手の漁業の新たな切り札となるのか。その行方を追っていきたいと思います。