隈丸 次郎(くままる じろう、1921年9月26日 - 2007年6月8日)は、福岡県久留米市出身の男子テニス選手。慶應義塾大学卒業。第2次世界大戦終戦直後の時代に、日本男子テニス界をリードした名選手のひとりである。彼は1949年から1952年まで全日本テニス選手権男子シングルス4連覇を達成し、1951年と1952年に男子テニス国別対抗戦・デビスカップの日本代表選手を務めた。現役選手時代の体格は、身長174cm・体重57kgほどであった。