白楊社(はくようしゃ、英: Hakuyosha Co.)は、日本にかつて存在した自動車メーカー、工作機械製造メーカーである。豊川順彌によって、1912年(明治45年/大正元年)に東京府巣鴨で創業され、1929年(昭和4年)に閉鎖された。 純国産の乗用車の製造を志向し、日本車の輸出第1号とされるオートモ号の製造・販売をしたことで知られる。