アルヴァロ・セメド(Álvaro Semedo、1585年? - 1658年)は、ポルトガルのイエズス会修道士。明末の中国で布教した。『中華帝国誌』を著し、また大秦景教流行中国碑を最初に見たヨーロッパ人として知られる。 中国名ははじめ謝務禄(Xiè Wùlù)、のちに曽徳昭(Zēng Dézhào)。