なぜサイボウズは W3C のメンバーに加入したのか?その真意を聞いてみた

サイボウズでデザインテクノロジストをしている @saku です。

サイボウズ株式会社は、2025 年 4 月 1 日より Web 技術の標準化と推進を目的とした国際的なコンソーシアムである「W3C」のメンバーに加入しました。

サイボウズにとって、今回の加入にはどのような意図があるのか。また、W3C はサイボウズの加入をどのように捉えているのか。

W3C の加入を決断したサイボウズ開発本部長の佐藤鉄平(@teppeis)さんと、W3C の日本ディレクターの吉澤直美さんに、お話を伺いました。

W3C / サイボウズのロゴ入りパネルを持つ吉澤さん(左)と teppeis さん(右)
サイボウズは W3C に加入しました

Q: まずは簡単なプロフィールをお願いします

teppeis(T): サイボウズには 2007 年に入社して、ずっと Web プロダクトを作る、Web のエンジニアとして活動をしてきてます。

特にフロントエンド系の技術に興味があって、自分でも調べたり執筆したりしていたので、Web 標準とか標準化にも興味をもっていました。

今は、サイボウズの開発組織の本部長という立場で、プロダクト全体の開発やマネジメントをしております。

yoshizawa(Y): 私は 2010 年に W3C に入りました。バックグラウンドは文学と経営ですので技術は専門外ですが、技術ができる方々を輝かせるための土壌作りということで、W3C Japan で会員様とコミュニティを支える活動をしてきました。

現在は WC Japan の Director という新しいポジションと Global Member Relations として、全世界の会員様のケアをするという立場におります。

Q: まず最初に、W3C とはどんな組織なんでしょうか?

Y: W3C の本質は何か、という話になりますね。

特定の企業や組織が Web を支配することなく、誰もが Web を安全に使うことができるようにするためのルールを決める。それが W3C なんです。近年の W3C は特に "For Humanity" つまり「人類のために」Web を皆様と作り上げていきましょう。ということを謳っています。

T: だいぶ大きな話ですね w

Y: はい、そうなんです。

で、W3C は会員制なのですが、実は加入はそんなに難しくはなくて、その企業の規模や収益などに応じた会費を頂いた上で、申請していただくだけで加入できます。

よっぽど反社会的な活動などされてなければ、申請が通らないということはないです。

T: サイボウズの場合は、年会費が 270 万円程度ということで、年間何回かカンファレンスのスポンサーになる程度の額だったので、金額的にはそこまで大きな問題にはなりませんでした。

会員費は企業の従業員数および収益によって5段階(740万,620万,270万,85万,21.5万円)に分かれている
W3C Member Fee

※ サイボウズは 272 万円/年(2025 年時点)

T: 今加入している企業は、世界や日本ではどのくらいあるんですか?

Y: 世界では今 352 社。日本には 37 社いらっしゃいます。

T: 日本でこれだけの数の会社があって、Web がこれだけ使われてるのに、37 社っていうのは若干少ないような印象を持ちますよね。

Y: そう思います。

標準化ということや W3C のことは、まだまだ認知されておらず、私たちの努力不足なのかもしれません。なので、今日は是非その点を力説させていただこうと思ってます。

やっぱり日本はですね、「標準化」というものの立ち位置が非常に低い。日本の標準化文化はすごく遅れてるんですね。その日本の文化も、サイボウズさんの力で是非変えて頂きたいですね。

T: 重責が ww

Y: すいません。でも、それだけの技術力があって、リソースをお持ちの会社だと思ってます。

T: ちなみに、最近加入した会社は、サイボウズ以外だとどんな会社があるんですか?

Y: 今年ですと、ノーコードを扱う Studio さん。DID、VC 関連技術の標準化を考える Frourio さん、W3C のアクセシビリティを事業に取り入れている Kiva さんなどが加入されました。

2025年時点での日本会員企業27社のリスト
W3C 日本会員リスト

やはりサイボウズさんが入ってくださったっていうのも、とっても大きな衝撃がありますね。

T: 我々の近い業界だと、LINE ヤフーさんや Studio さんとかですけど、他は日本の大きなメーカーさんが多いですね。

あと意外と出版系が多いっていうのは、みんなあんまり知らないかもしれませんね。これは歴史的な経緯とかがあるんですか?

Y: あります。2017 年まで世界の出版界は、デジタル出版の規格を議論するための IDPF (International Degital Publishing Forum) というフォーラムをもっていました。

でも、そこで結局 Web のことを話しているので、じゃあ一緒になっちゃおうよということで W3C に合流されました。そこで、日本の出版社様も沢山入って下さった、という経緯ですね。

T: 確かに、仕様的にも Web Publishing 系の話はたくさんありますよね。縦書きとかルビとか、日本特有の話は、Web の中でもありますし。

Y: そうですね、最近は縦書きの漫画スクロールとかも議論されています。

Q: 今回サイボウズはなぜ W3C に参加したのでしょうか?

T: そうですね、そもそもサイボウズって、誕生自体が Web なんですよね。

97 年に創業した時は、企業システムが Client-Server 型で作られていた時代です。それを創業者チームは Web で作り、軽量で誰のパソコンでも動く製品を作りました。

黎明期に「Web を使った」っていうこと自体で、イノベーションを起こすことができて、以来ずっとサイボウズは Web のプロダクトを作り続けてるんですね。

そういう意味で、まさに Web がどんどん成長していった時期に、一緒に成長してきた会社でもあるんです。

なので、エンジニアリング組織としても Web を中心に扱ってるので、メンバーにも Web のいろんな領域の専門家が増えていて、フロントエンドのエキスパートであったり、アクセシビリティのエキスパート、それからサイボウズラボっていう研究子会社もあるんですけど、そこには暗号や認証、VR や最近だと AI とか、Web そのものをやっている専門家もいたりして、今は Web に関する専門家をたくさん抱えている状態です。

対談中にサイボウズの W3C への関わりかたについて力説する teppeis さん
サイボウズ開発本部長 @teppeis さん

で、それぞれの専門家は、新しい標準などをどんどんキャッチアップして取り入れていく動きはしています。一方で標準化自体にコントリビュートする、フィードバックをする、みたいな活動はというと、なかなかそこまではできてないというか。

あくまでも、キャッチアップする側として関わっている感じなので、そうしたメンバーが専門家としてもう一歩踏み込み、仕様に当事者意識を持つという文化を作っていくうえで、W3C 参加は良い契機になるだろうというのがまず 1 つありました。

もう 1 つ、ずっと Web のプロダクトを作って、特に日本国内では延べ 18 万社の企業でうちのプロダクトが使われている状況です。そうすると、特に日本企業の中で Web はこんな風に使われてますとか、ブラウザや仕様は日本でこういう風に使われます/使われません、みたいな話が、知見として蓄積された状態になっているので、そういう知見をフィードバックしていくこともできるんじゃないか、という面でも、是非こういう機会をうまく作れるといいかなと。

そうした取り組みがうまくアウトプットできれば、興味/共感のあるエンジニアへのアピールにもなって、サイボウズに興味をもってもらう機会にもなったらいいなと思ってます。

あと、ちょうどきっかけとして、メンバーの中からも、ここに熱意を持ってやりたいですって言ってくれる人が出てきたので、じゃあこのタイミングで参加してみようということになりました。

Y: ありがとうございます。感激しかございません。

Q: 具体的にはどんなことをするんですか?

T: そうですね、経緯的にもうちとしては「この仕様を標準化したい」みたいな特定の目的があって参加したいわけではないので、今は各メンバーが興味のあるところに参加し、標準化に関わってみようというトライアルのフェーズです。

その中でも、やはり Web サービスを作っている会社なので、HTML / CSS といった中心的な話題が多いと思います。他にはデザインシステムをやっているチームがあるので、Web Components や UI/ビジュアル関連とか。あと、うちは E2E テストもすごく盛んにやってるので、WebDriver 周りも気になりますね。非機能要件系では a11y やセキュリティなども専門家がいます。

他にも WASM のように、これから Web プロダクトを作るための Web Platform がどう進化していくか、みたいな話もあるでしょうし。認証/認可の話も世の中的にかなり取り上げられてると思いますけど、いわゆる VC(Verifiable Credentials)は、今うちの専門家も取り組んでいたりして、それらが今後企業の中でどう使われていくのか、みたいなところも面白そうではありますね。

興味があるところは色々あると思うので、あとはメンバーがどこまでそこに手を伸ばしていくかっていうのを、見守っていこうかなと思っています。

Y: はい、ありがとうございます。是非サポートさせて下さい。

Q: W3C からして今回のサイボウズ加入はどういう印象でしょうか ?

Y: もう、「ありがたい」しかないです。

実は、Web サービス業界の会員は、全体的にはあんまり多くはないんですよね。全世界的には数々が会員として参加されてますけども、日本では Web サービスを開発し Web 技術をすごく使ってらっしゃる企業が多くありながら、会員はとても少ない。

その中でサイボウズさんが入ったことは、業界へのインパクトが非常に大きいと思いますので、この現状を変えていく契機としての期待も大きいです。

T: そうですね。私個人としても JavaScript の標準化に少し関わったことがあります。ECMAScript を ISO 標準にする活動の中で、ナショナルボディとして日本の情報企画調査会がやっている標準化委員会の誘いを受けて行ったことがありました。その時もやはり JavaScript の標準化の話なんですが、その委員会には Web 系の会社が 1 社もいなかったんですね。

大手メーカー系企業の方々がたくさんいて、その方々は一般的なプログラミング言語や標準化については非常に詳しい、それこそエキスパートの方々が集まっていました。でも、日常的に JavaScript を業務で使っているような人はいなかったんですよ。そこで委員会の方から、普段 JavaScript を使ってる人間として、私含め何人か Web 系のエンジニアに声がかかりました。

その時から、日本の Web 系のエンジニアたちが、自分たちが使っている技術の標準化にもっと関われると良いな、という感覚が強くありました。なので、サイボウズもそれなりに大きくなってきた今、そういった部分への貢献もしていかないと、逆に Web の世界を良いものにしていくことができない。関わりの外の存在になってしまうことに対する、危機意識のようなものがありました。

なので、サイボウズのような企業が W3C に参加することが、Web サービスを開発している企業が標準化に関わるという形を提示できるのであれば、それは非常にありがたいですし、協力して世の中にアピールしていけたらと思っています。

Y: ありがとうございます。

teppeis さんはおそらく、サイボウズさんだけではなく、世界を見てらっしゃるってことですよね?

日本も背負う覚悟がおありという風にすごく感じました。ありがとうございます。ぜひお願いします!

teppeis さんの日本を背負う覚悟を評価し力説する吉澤さん
W3C Japan Director 吉澤さん

T: いや、まあ、大げさにいうとそういうことですね w

でも、資金が続く限りは頑張りたいと思います ww

Y: 心強いです。

確かに不均衡ですよね。実際に技術を使ってる方々が、その標準化に携わっていないという。

T: そうなんです、その委員会でも大手メーカーから来られてる方々も、言語仕様などは非常に詳しいんですが、「これ、どういう風に使われてるんだろうなぁ?」みたいに言いながら議論してたんですよね w

なので「これはこういう風に使えます」「こういう場合に使うメソッドだから」みたいな話をしたりして。

Y: それが日本固有の事象なのか、世界でもなのかも興味深いですね。

T: 世界のメンバー企業を見ると、Google など Web の世界で育った会社が、国のトップ 10 企業に並んでるっていう状況が、日本との大きな違いだと思いますね。

そういう産業レベルの違いがありつつ、加えて参加の意識も違う。その両方あるのかな?と思います。

Y: そういう世界の時価総額トップ 10 には、W3C の会員が半分以上を占めているんですよね。でも、日本のトップ 10 は多分そうではない。

そういう産業構造自体も、遅れをとっているのかもしれないですよね。

T: なので、うちは両面で頑張らないとという気持ちですね w

Y: ありがとうございます、実はですね teppeis さんがお話になったこと、W3C の村井もまるっきり同じことを申しておりました。

Q: 村井先生からサイボウズにメッセージを頂きました

1999 年から「IT 戦略」が始まり、我が国でインフラの技術論からビジネスへの貢献を議論しはじめたときから、青野さん率いるサイボウズの方たちは既に超先駆的なチームでした。

インフラだけでなく、人を支えるシステムが、当時四国中心に生まれて来た背景も頼もしく感じました。

2011 年への我が国でのクラウド時代の牽引者もサイボウズ社でした。

インターネットや WEB としての社会の共通の礎がしっかりと日本の民間企業で先導されてきたこと、デジタル社会の創生から関わってきた私としては「戦友」のような敬意と親しみを感じています。

これからのますますの心のこもった発展を楽しみにしています。

村井純

※ 村井純先生: 慶應義塾大学特別特区特任教授。日本のインターネットの父であり、W3C Japan の設立者。

T: ありがたいです。

Y: 私もこれを読んで感動しました。

T: 99 年というのは、W3C Japan の立ち上げなんですか?

Y: 96 年が W3C Japan が慶應義塾に立ち上がった年です。

で、1999 年に日本の政策として IT 戦略が構想されたのですね。村井は当初から関わっていました。

T: じゃあ、97 年に創業したサイボウズと、ほぼほぼ同じ時代を生きてきたというか、一緒に成長してきたってことですよね。

Y: やっぱりサイボウズさんは「本物」なので、大切にしなければならないと。村井も本当に感謝しております。

Q: W3C は WG がありますが、そのあたりの仕組みと、サイボウズが興味をもっている WG についてお聞かせください。

Y: W3C には Working Group(WG), Interest Group(IG), Business Group(BG), Community Group(CG) の 4 種類があり、このうち Working Group のみが世界標準を決定でき、会員のみが参加できます。

この WG で最初に提案された Working Draft が、非常に多くの議論を経て最終的に Recommendation (いわゆる標準仕様)となります。このプロセスは非常に時間がかかり、4〜5 年かかることも多々あります。

W3C の標準が作れるのは WG のみです。他のグループでは特定の技術や、産業に関する議論が行われ、CG は W3C 会員でなくても参加できます。

多くの会員が様々な W3C グループに参加しています。特に従業員数が大きい会員は、それに比例して W3C のアカウント保持者も多いため、複数のグループに所属しています。

T: サイボウズは、CSS, HTML, a11y なんかの WG に興味がある人が多いですかね。

他にもブラウザテスティング、セキュリティ、認証なんかをやってる人も多いので、そうしたメンバーが参加するかもしれないですね。

Q: 今年開催される TPAC について聞かせてください

今年 11 月に開催される技術総会である TPAC(Technical Plenary Advisory Committee Meeting)は年に一度開催され、基本的には会員が対象なので、サイボウズさんの社員の方々はオブザーバーとして WG のミーティングに参加することが可能です。CG のミーティングもありますが、CG のミーティングは時間が限られています。

TPAC のグループミーティングスケジュールは、曜日ごとに細かく分かれてぎっしり詰まっています。朝から晩までなので、金曜になるとみなさん疲れ果てて帰っていく感じです。

5日間びっちりと埋まったミーティングのタイムテーブル
TPAC スケジュール

始まりも、決起集会のようなものがあるわけではなく、受付したらそれぞれの部屋にいってそのまま議論が始まる、非常に独特な世界ではあったりします。それゆえに、グループ内のつながりが非常に強くて、ときに白熱しながら議論を進めています。

といっても、TPAC だけで議論をして決まるかっていうとそうではなく、グループごとに定期的に行われているオンラインミーティングを、一同に会して行う場が TPAC であると言えます。なので、事前に WG に参加して、進行中の議論をある程度把握したうえで参加されるのがおすすめです。

ちなみに、前回日本で TPAC があったのは 2019 年の福岡でした。そこでは 20 カ国以上から 700 人を超える参加者がありました。去年はアメリカのアナハイムで、600 名ほど集まりました。

今年は神戸の国際会議場が会場です。

水曜日には Breakout Session があり、現在の話だけでなく、将来の話などをします。AI の活用などもあれば、「月に行った際の Web はどうなるか」など様々な夢のある議論が行われます。1 トラックにつき 1 時間のセッションが 6 つ、全 10 トラック並列で行うので、合計 60 本のセッションが開催されます。

参加者は好きなところに参加し、話を聞いたり発言したりします。このセッションでの議論は、将来的に IG や WG へと発展する可能性を秘めています。なので、サイボウズさんからも「標準にすべき」といった提案があれば、是非ご提案をお願いします。

また、11 月 9 日の日曜日の夕方には、HTML5J の方々とご一緒するデベロッパーミートアップも開催されますので、是非そちらもお越しください。

TPAC のミーティングスケジュールを背景に議論するお二人
TPAC 神戸開催への期待と展望

Q: サイボウズの方々は TPAC に参加されるんですか?

T: 今社内で募っているところですね。

正直、標準化の場に関わるって事自体、経験のない人にはイメージが湧きにくいかもしれません。僕自身が ECMAScript でやっていたのも、日本の小さい委員会の話ですし、TPAC は参加したことが無いので、こういう大きな場であらゆることが議論されるっていうのは、正直想像がついてないです。

なので、参加することで大きな刺激を受けることができるでしょうし、興味のあるサイボウズ社員は是非参加してほしいと思っています。

Y: 日本開催という地の利も生かして頂ければと思います。来年はアイルランドなので、また遠くなってしまいますし。

Q: 最後にコメントをお願いします

T: ここまで話した通り、サイボウズはずっと Web とともに成長し、今後も Web 上でプロダクトを提供していくつもりです。なので、サイボウズメンバーにも興味を持ってくれる人が増えて欲しいと思いますし、共感してくれる方々に是非サイボウズに来て頂ければと思います。

何ができるのか、どこまでできるのか、実際のところはまだわかりませんが、Web の未来のためにもやっていきたいと思っていますので、ぜひ今後ともよろしくお願いいたします。

Y: これだけ実力のある企業をお迎えして、わくわくしかありません。

先程も申し上げたように、日本では自社の技術を標準化の舞台に当たり前のように持っていき、それを世界の標準にするといった土壌がまだ成熟していません。

なので、サイボウズさんにこのドアを開けて頂いて、日本発の技術を世界標準にするといったことを、実現して頂ければと期待しています。

サイボウズ teppeis さん、W3C 吉澤さん、ありがとうございました。