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|名前=岩波 拓也
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|カタカナ表記=イワナミ タクヤ
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|アルファベット表記=IWANAMI Takuya
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|身長=186cm
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|体重=72kg
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|所属チーム名={{Flagicon|JPN}} [[ヴィセル神戸]]
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|所属チーム名={{Flagicon|JPN}} [[浦和レドダイヤモンズ|浦和レッズ]]
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|クラブ1=[[ヴィッセル神戸]]|年1=2012-2017|出場1=143|得点1=6
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'''岩波 拓也'''(いわなみ たくや、[[1994年]][[6月18日]] - )は、[[兵庫県]][[神戸市]][[須磨区]]出身の[[プロサッカー選手]]。[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]・[[浦和レッドダイヤモンズ|浦和レ]]所属。ポジションは[[ディフェンダー (サッカー)|ディフェンダー]]<ref>{{Cite web| url =https://www.nikkansports.com/soccer/news/202005040000363.html|title=浦和DF岩波、故郷神戸の病院へ自店の弁当で恩返し|publisher=日刊スポーツ|date=2020-05-05|accessdate=2020-06-19}}</ref>。
'''岩波 拓也'''(いわなみ たくや、[[1994年]][[6月18日]] - )は、[[兵庫県]][[神戸市]][[須磨区]]出身の[[プロサッカー選手]]。[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]・[[ヴィセル神戸]]所属。ポジションは[[ディフェンダー (サッカー)|ディフェンダー]]<ref>{{Cite web|和書| url =https://www.nikkansports.com/soccer/news/202005040000363.html|title=浦和DF岩波、故郷神戸の病院へ自店の弁当で恩返し|publisher=日刊スポーツ|date=2020-05-05|accessdate=2020-06-19}}</ref>。


== 来歴 ==
== 来歴 ==
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須磨ナイスサッカークラブ、[[神戸フットボールクラブ]]を経て、[[2007年]]に[[ヴィッセル神戸#アカデミー|ヴィッセル神戸ジュニアユース]]に入団。3年次の[[2009年]]には[[第24回日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会|第24回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会]]で優勝を飾り、自身も大会MVPに選出された。[[2010年]]に神戸U-18へ昇格、2年次の[[2011年]][[9月9日]]にはトップチームに[[2種登録選手|2種登録]]<ref>[http://www.vissel-kobe.co.jp/news/article/2495.html U-18 DF岩波拓也選手「第2種トップ可」登録完了のお知らせ] - ヴィッセル神戸公式サイト 2011年9月9日</ref>。同年末、[[高円宮杯U-18サッカーリーグ プリンスリーグ関西|プリンスリーグ関西1部]]で優勝を飾り、参入戦を勝ち抜いて[[高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ|プレミアリーグウエスト]]へ昇格した<ref>[http://web.gekisaka.jp/184049_91575_fl 大津撃破の神戸U-18「今年一番の目標」プレミアリーグ昇格決定!] - ゲキサカ 2011年12月18日</ref> 。また、[[第35回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会|第35回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会]]では[[ディフェンダー (サッカー)|ディフェンダー]]ながら得点ランキング2位の4得点を記録<ref>[http://web.gekisaka.jp/213541_94026_fl クラブユース選手権得点ランキング] - ゲキサカ 2011年8月3日</ref>。準々決勝、準決勝と立て続けに直接フリーキックを決める活躍を見せ、準優勝に貢献した<ref>[http://web.gekisaka.jp/214213_83316_fl 神戸U-18DF岩波拓也(2年) “94JAPAN”キャプテンの意地で2戦連続FK弾の活躍] - ゲキサカ 2011年7月30日</ref>。
須磨ナイスサッカークラブ、[[神戸フットボールクラブ]]を経て、[[2007年]]に[[ヴィッセル神戸#アカデミー|ヴィッセル神戸ジュニアユース]]に入団。3年次の[[2009年]]には[[第24回日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会|第24回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会]]で優勝を飾り、自身も大会MVPに選出された。[[2010年]]に神戸U-18へ昇格、2年次の[[2011年]][[9月9日]]にはトップチームに[[2種登録選手|2種登録]]<ref>[http://www.vissel-kobe.co.jp/news/article/2495.html U-18 DF岩波拓也選手「第2種トップ可」登録完了のお知らせ] - ヴィッセル神戸公式サイト 2011年9月9日</ref>。同年末、[[高円宮杯U-18サッカーリーグ プリンスリーグ関西|プリンスリーグ関西1部]]で優勝を飾り、参入戦を勝ち抜いて[[高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ|プレミアリーグウエスト]]へ昇格した<ref>[http://web.gekisaka.jp/184049_91575_fl 大津撃破の神戸U-18「今年一番の目標」プレミアリーグ昇格決定!] - ゲキサカ 2011年12月18日</ref> 。また、[[第35回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会|第35回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会]]では[[ディフェンダー (サッカー)|ディフェンダー]]ながら得点ランキング2位の4得点を記録<ref>[http://web.gekisaka.jp/213541_94026_fl クラブユース選手権得点ランキング] - ゲキサカ 2011年8月3日</ref>。準々決勝、準決勝と立て続けに直接フリーキックを決める活躍を見せ、準優勝に貢献した<ref>[http://web.gekisaka.jp/214213_83316_fl 神戸U-18DF岩波拓也(2年) “94JAPAN”キャプテンの意地で2戦連続FK弾の活躍] - ゲキサカ 2011年7月30日</ref>。


[[2012年]]5月、[[エールディヴィジ|オランダ1部]]・[[PSVアイントホーフェン]]の練習に参加し、移籍は確実とも報道されたが<ref>[http://www.nikkansports.com/soccer/world/news/p-sc-tp3-20120521-954431.html 神戸DF17歳岩波がPSV移籍] - nikkansports.com 2012年5月21日</ref>、[[6月29日]]、[[ヴィッセル神戸]]とプロ契約を締結したことが発表された<ref>[http://www.vissel-kobe.co.jp/news/article/3786.html ヴィッセル神戸U-18 DF岩波拓也選手プロ契約締結のお知らせ] - ヴィッセル神戸公式サイト 2012年6月29日</ref>。
[[2012年]]5月、[[エールディヴィジ|オランダ1部]]・[[PSVアイントホーフェン]]の練習に参加し、移籍は確実とも報道されたが<ref>[https://www.nikkansports.com/soccer/world/news/p-sc-tp3-20120521-954431.html 神戸DF17歳岩波がPSV移籍] - nikkansports.com 2012年5月21日</ref>、[[6月29日]]、[[ヴィッセル神戸]]とプロ契約を締結したことが発表された<ref>[http://www.vissel-kobe.co.jp/news/article/3786.html ヴィッセル神戸U-18 DF岩波拓也選手プロ契約締結のお知らせ] - ヴィッセル神戸公式サイト 2012年6月29日</ref>。


=== ヴィッセル神戸 ===
=== ヴィッセル神戸 ===
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=== 浦和レッズ ===
=== 浦和レッズ ===
2018年より[[浦和レッドダイヤモンズ|浦和レッズ]]に完全移籍で加入<ref>[https://www.urawa-reds.co.jp/topteamtopics/140574/ 岩波拓也選手 ヴィッセル神戸から完全移籍のお知らせ] 浦和レッズ公式サイト(2017年12月26日)</ref>。4月11日、第7節の古巣ヴィッセル神戸戦では、同点となる恩返し弾を決めて勝利に貢献した<ref>[http://web.gekisaka.jp/news/detail/?241964-241964-fl 岩波“恩返し弾”の浦和、マウリシオV弾で今季初の2連勝!神戸は佐々木のJ1デビュー弾実らず敗戦] ゲキサカ(2018年4月11日)</ref>。
2018年より[[浦和レッドダイヤモンズ|浦和レッズ]]に完全移籍で加入<ref>[https://www.urawa-reds.co.jp/topteamtopics/140574/ 岩波拓也選手 ヴィッセル神戸から完全移籍のお知らせ] 浦和レッズ公式サイト(2017年12月26日)</ref>。4月11日、第7節の古巣ヴィッセル神戸戦では、同点となる恩返し弾を決めて勝利に貢献した<ref>[http://web.gekisaka.jp/news/detail/?241964-241964-fl 岩波“恩返し弾”の浦和、マウリシオV弾で今季初の2連勝!神戸は佐々木のJ1デビュー弾実らず敗戦] ゲキサカ(2018年4月11日)</ref>。

=== ヴィッセル神戸復帰 ===
2024年シーズンより神戸への復帰が決まった<ref>{{Cite web |title=DF岩波拓也選手 浦和レッズより完全移籍加入のお知らせ |url=http://www.vissel-kobe.co.jp/news/article/22478.html |website=ヴィッセル神戸オフィシャルサイト |access-date=2024-01-09 |language=ja}}</ref>。リーグ第8節でヴィッセル神戸での復帰後出場を果たしたが、山川哲史・マテウス・トゥーレルのレギュラーセンターバックに加え、ベテラン本多勇喜、怪我明けの菊池流帆らとの争いに敗れリーグ戦は2試合の出場にとどまった。


=== 代表 ===
=== 代表 ===
2009年、U-15日本代表に選出され、[[AFC U-16選手権2010 (予選)|AFC U-16選手権2010・予選グループリーグ]]を戦った。2010年、U-16日本代表に選出され、[[AFC U-16選手権2010]]でベスト4まで勝ち進み、[[2011 FIFA U-17ワールドカップ]]の出場権を獲得した。2011年、U-17ワールドカップで主将を務め、自国開催だった[[1993 FIFA U-17世界選手権|1993年大会]]以来となる18年ぶりのベスト8進出を果たした。
2009年、U-15日本代表に選出され、[[AFC U-16選手権2010 (予選)|AFC U-16選手権2010・予選グループリーグ]]を戦った。2010年、U-16日本代表に選出され、[[AFC U-16選手権2010]]でベスト4まで勝ち進み、[[2011 FIFA U-17ワールドカップ]]の出場権を獲得した。2011年、U-17ワールドカップで主将を務め、自国開催だった[[1993 FIFA U-17世界選手権|1993年大会]]以来となる18年ぶりのベスト8進出を果たした。


2012年11月、U-19日本代表として[[AFC U-19選手権2012|AFC U-19選手権]]に出場。グループリーグ第2戦[[サッカークウェート代表|クウェート]]戦で決勝点を挙げ<ref>[http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/p-sc-tp2-20121106-1042915.html 日本1勝 クウェートに競り勝つ / U19] - nikkansports.com 2012年11月6日</ref>、予選敗退の危機を救ったが、徹底した[[ロングボール]]戦術と得点力不足に苦しんだチームは準々決勝[[サッカーイラク代表|イラク]]戦に敗れ、3大会連続で[[FIFA U-20ワールドカップ]]の出場権を逃した<ref>[http://archive.sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/2012/text/201211130007-spnavi.html 「ロングボールの呪縛」が引き起こす負の歴史 3大会連続で世界から遠ざかった日本] - スポーツナビ 2012年11月14日</ref>。
2012年11月、U-19日本代表として[[AFC U-19選手権2012|AFC U-19選手権]]に出場。グループリーグ第2戦[[サッカークウェート代表|クウェート]]戦で決勝点を挙げ<ref>[https://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/p-sc-tp2-20121106-1042915.html 日本1勝 クウェートに競り勝つ / U19] - nikkansports.com 2012年11月6日</ref>、予選敗退の危機を救ったが、徹底した[[ロングボール]]戦術と得点力不足に苦しんだチームは準々決勝[[サッカーイラク代表|イラク]]戦に敗れ、3大会連続で[[FIFA U-20ワールドカップ]]の出場権を逃した<ref>[http://archive.sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/2012/text/201211130007-spnavi.html 「ロングボールの呪縛」が引き起こす負の歴史 3大会連続で世界から遠ざかった日本] - スポーツナビ 2012年11月14日</ref>。


[[2015年]]、5月12日・13日に行われる[[サッカー日本代表]]の合宿メンバーに選ばれた。[[2016年]]、怪我で離脱していたが予想よりも早く回復し、7月1日に[[2016年リオデジャネイロオリンピック|リオデジャネイロ]]のメンバーに選出された。しかし、同ポジションの[[塩谷司]]が[[オーバーエイジ]]に選出された事もあり出場は無かった。
[[2015年]]、5月12日・13日に行われる[[サッカー日本代表]]の合宿メンバーに選ばれた。[[2016年]]、怪我で離脱していたが予想よりも早く回復し、7月1日に[[2016年リオデジャネイロオリンピック|リオデジャネイロオリンピック]]のメンバーに選出された。しかし、同ポジションの[[塩谷司]]が[[オーバーエイジ]]に選出された事もあり出場は無かった。


== プレースタイル ==
== プレースタイル ==
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* 2012年 - 2017年 {{Flagicon|JPN}} [[ヴィッセル神戸]]
* 2012年 - 2017年 {{Flagicon|JPN}} [[ヴィッセル神戸]]
** 2015年 {{Flagicon|JPN}} [[Jリーグ・アンダー22選抜]]
** 2015年 {{Flagicon|JPN}} [[Jリーグ・アンダー22選抜]]
* 2018年 - {{Flagicon|JPN}} [[浦和レッドダイヤモンズ|浦和レッズ]]
* 2018年 - 2023年 {{Flagicon|JPN}} [[浦和レッドダイヤモンズ|浦和レッズ]]
* 2024年 - {{Flagicon|JPN}} ヴィッセル神戸


== 個人成績 ==
== 個人成績 ==
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|[[2013年のJリーグ|2013]]||rowspan="2"|19||[[J2リーグ|J2]]||37||2||colspan="2"|-||1||0||38||2
|[[2013年のJリーグ|2013]]||rowspan="2"|19||[[J2リーグ|J2]]||37||2||colspan="2"|-||1||0||38||2
|-
|-
|[[2014年のJリーグ|2014]]||rowspan=10|J1||24||1||6||1||1||0||31||2
|[[2014年のJリーグ|2014]]||rowspan=11|J1||24||1||6||1||1||0||31||2
|-
|-
|[[2015年のJリーグ|2015]]||rowspan="3"|5||30||1||8||1||4||1||42||3
|[[2015年のJリーグ|2015]]||rowspan="3"|5||30||1||8||1||4||1||42||3
90行目: 94行目:
|[[2022年のJリーグ|2022]]||31||3||4||0||2||0||37||3
|[[2022年のJリーグ|2022]]||31||3||4||0||2||0||37||3
|-
|-
|[[2023年のJリーグ|2023]]||||||||||||||||
|[[2023年のJリーグ|2023]]||8||0||7||0||2||0||17||0
|-
{{サッカー選手国内成績表 通算始|2|日本|J1}}244||11||48||2||27||2||319||15
|[[2024年のJリーグ|2024]]||神戸||55||2||0||2||0||4||0||8||0
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{{サッカー選手国内成績表 通算行|日本|J2}}37||2||colspan="2"|-||1||0||38||2
{{サッカー選手国内成績表 通算行|日本|J2}}37||2||colspan="2"|-||1||0||38||2
{{サッカー選手国内成績表 通算終}}281||13||48||2||28||2||357||17
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|}
|}


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{{サッカー選手国際成績表 top|1|}}
{{サッカー選手国際成績表 top|1|}}
{{サッカー選手国際成績表 th|AFC|1|Y|}}
{{サッカー選手国際成績表 th|AFC|1|Y|}}
|[[AFCチャンピオンズリーグ2019|2019]]||rowspan=2|[[浦和レッドダイヤモンズ|浦和]]||31||12||0
|[[AFCチャンピオンズリーグ2019|2019]]||rowspan=3|[[浦和レッドダイヤモンズ|浦和]]||31||12||0
|-
|-
|[[AFCチャンピオンズリーグ2022|2022]]||4||8||1
|[[AFCチャンピオンズリーグ2022|2022]]||rowspan=2|4||8||1
|-
|[[AFCチャンピオンズリーグ2023/24|2023/24]]||4||0
|-
|-
!通算!!colspan="2"|AFC
!通算!!colspan="2"|AFC
|20||1
|24||1
|}
|}


その他の国際公式戦
* 2023年
** [[AFCチャンピオンズリーグ2023/24]]・プレーオフ 1試合0得点
* Jリーグ初出場 - [[2012年]][[10月20日]] J1第29節 [[清水エスパルス]]戦([[静岡市清水日本平運動公園球技場|アウトソーシングスタジアム日本平]])
* Jリーグ初出場 - [[2012年]][[10月20日]] J1第29節 [[清水エスパルス]]戦([[静岡市清水日本平運動公園球技場|アウトソーシングスタジアム日本平]])
* Jリーグ初得点 - [[2013年]][[5月19日]] J2第15節 [[愛媛FC]]戦([[愛媛県総合運動公園陸上競技場|ニンジニアスタジアム]])
* Jリーグ初得点 - [[2013年]][[5月19日]] J2第15節 [[愛媛FC]]戦([[愛媛県総合運動公園陸上競技場|ニンジニアスタジアム]])
135行目: 146行目:
* [[天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会]]:2回([[天皇杯 JFA 第98回全日本サッカー選手権大会|2018年]]、[[天皇杯 JFA 第101回全日本サッカー選手権大会|2021年]])
* [[天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会]]:2回([[天皇杯 JFA 第98回全日本サッカー選手権大会|2018年]]、[[天皇杯 JFA 第101回全日本サッカー選手権大会|2021年]])
* [[スーパーカップ (日本サッカー)|スーパーカップ]]:1回([[2022年のスーパーカップ (日本サッカー)|2022年]])
* [[スーパーカップ (日本サッカー)|スーパーカップ]]:1回([[2022年のスーパーカップ (日本サッカー)|2022年]])
* [[AFCチャンピオンズリーグ]]:1回([[AFCチャンピオンズリーグ2022|2022年]])
* [[AFCチャンピオンズリーグエリート|AFCチャンピオンズリーグ]]:1回([[AFCチャンピオンズリーグ2022|2022年]])

; ヴィッセル神戸
* [[J1リーグ]]:1回([[2024年のJ1リーグ|2024年]])
* [[天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会]]:1回([[天皇杯 JFA 第104回全日本サッカー選手権大会|2024年]])


=== 代表 ===
=== 代表 ===
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== エピソード ==
== エピソード ==
親交のある歌手[[強 (歌手)|強]]が「クソッタレが原動力~iwanami ver.~」という曲を、2016年リオ五輪直前の怪我を乗り越えて日本代表に選出された際に出場記念と誕生日を祝い、岩波の親しいアスリート達と共に日の丸を背負い戦う岩波へのエールになるよう制作された<ref>{{Cite web |title=クソッタレが原動力〜iwanami ver.〜 {{!}} 「強」オフィシャルサイト |url=http://tsuyoshi-7.net/mv/mv_264/ |access-date=2023-04-10 |language=ja}}</ref>。サッカー以外にも多くのプロアスリートがコーラスとして参加。
親交のある歌手[[強 (歌手)|強]]が「クソッタレが原動力~iwanami ver.~」という曲を、2016年リオ五輪直前の怪我を乗り越えて日本代表に選出された際に出場記念と誕生日を祝い、岩波の親しいアスリート達と共に日の丸を背負い戦う岩波へのエールになるよう制作された<ref>{{Cite web|和書|title=クソッタレが原動力〜iwanami ver.〜 {{!}} 「強」オフィシャルサイト |url=http://tsuyoshi-7.net/mv/mv_264/ |access-date=2023-04-10 |language=ja}}</ref>。サッカー以外にも多くのプロアスリートがコーラスとして参加。
*[[根來新之助|根来新之助]](プロバスケット選手)
*[[根來新之助|根来新之助]](プロバスケット選手)
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2024年12月23日 (月) 03:41時点における最新版

岩波 拓也
名前
本名 岩波 拓也
愛称 タク、タクヤ
カタカナ イワナミ タクヤ
ラテン文字 IWANAMI Takuya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1994-06-18) 1994年6月18日(30歳)
出身地 兵庫県神戸市須磨区
身長 186cm
体重 72kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ヴィッセル神戸
ポジション DF
背番号 55
利き足 右足
ユース
2007-2012 ヴィッセル神戸
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012-2017 日本の旗 ヴィッセル神戸 143 (6)
2018-2023 日本の旗 浦和レッズ 146 (7)
2024- 日本の旗 ヴィッセル神戸 2 (0)
代表歴
2011  日本U-17 4 (0)
2016  日本U-23 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月8日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

岩波 拓也(いわなみ たくや、1994年6月18日 - )は、兵庫県神戸市須磨区出身のプロサッカー選手Jリーグヴィッセル神戸所属。ポジションはディフェンダー[1]

来歴

[編集]

プロ入り前

[編集]

須磨ナイスサッカークラブ、神戸フットボールクラブを経て、2007年ヴィッセル神戸ジュニアユースに入団。3年次の2009年には第24回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会で優勝を飾り、自身も大会MVPに選出された。2010年に神戸U-18へ昇格、2年次の2011年9月9日にはトップチームに2種登録[2]。同年末、プリンスリーグ関西1部で優勝を飾り、参入戦を勝ち抜いてプレミアリーグウエストへ昇格した[3] 。また、第35回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会ではディフェンダーながら得点ランキング2位の4得点を記録[4]。準々決勝、準決勝と立て続けに直接フリーキックを決める活躍を見せ、準優勝に貢献した[5]

2012年5月、オランダ1部PSVアイントホーフェンの練習に参加し、移籍は確実とも報道されたが[6]6月29日ヴィッセル神戸とプロ契約を締結したことが発表された[7]

ヴィッセル神戸

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2012年10月20日、J1第29節清水エスパルス戦で公式戦初出場。12月1日、J1最終節サンフレッチェ広島戦に後半8分から出場したが、0-1の敗北を喫し、クラブはJ2へ降格した。2013年、監督の安達亮により開幕からスターティングメンバーに抜擢され、J2第15節愛媛FC戦でリーグ戦初得点を記録した。同年10月末、右足関節内顆骨折により全治2ヶ月の診断を受け[8]、シーズン終盤は欠場を余儀なくされたが、リーグ戦37試合に出場し、1年でのJ1復帰に貢献した。

2014年は新加入の増川隆洋とコンビを組みレギュラーに復帰。しかしシーズン中盤は河本裕之にレギュラーを奪われリーグ戦出場は24試合にとどまった。2015年は河本の移籍に伴い背番号を「5」へ変更。J1では自己最多のリーグ戦30試合に出場。2016年伊野波雅彦とコンビを組むことが多かったが、U-23代表として参加した大会で負傷しリーグ戦21試合の出場に留まった[9]

浦和レッズ

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2018年より浦和レッズに完全移籍で加入[10]。4月11日、第7節の古巣ヴィッセル神戸戦では、同点となる恩返し弾を決めて勝利に貢献した[11]

ヴィッセル神戸復帰

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2024年シーズンより神戸への復帰が決まった[12]。リーグ第8節でヴィッセル神戸での復帰後出場を果たしたが、山川哲史・マテウス・トゥーレルのレギュラーセンターバックに加え、ベテラン本多勇喜、怪我明けの菊池流帆らとの争いに敗れリーグ戦は2試合の出場にとどまった。

代表

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2009年、U-15日本代表に選出され、AFC U-16選手権2010・予選グループリーグを戦った。2010年、U-16日本代表に選出され、AFC U-16選手権2010でベスト4まで勝ち進み、2011 FIFA U-17ワールドカップの出場権を獲得した。2011年、U-17ワールドカップで主将を務め、自国開催だった1993年大会以来となる18年ぶりのベスト8進出を果たした。

2012年11月、U-19日本代表としてAFC U-19選手権に出場。グループリーグ第2戦クウェート戦で決勝点を挙げ[13]、予選敗退の危機を救ったが、徹底したロングボール戦術と得点力不足に苦しんだチームは準々決勝イラク戦に敗れ、3大会連続でFIFA U-20ワールドカップの出場権を逃した[14]

2015年、5月12日・13日に行われるサッカー日本代表の合宿メンバーに選ばれた。2016年、怪我で離脱していたが予想よりも早く回復し、7月1日にリオデジャネイロオリンピックのメンバーに選出された。しかし、同ポジションの塩谷司オーバーエイジに選出された事もあり出場は無かった。

プレースタイル

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186cmの長身を生かし、空中戦、対人守備で強さを発揮するセンターバック[15]。精度の高いフィードやプレースキックを蹴ることが出来る[16][17]

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2012 神戸 31 J1 2 0 0 0 0 0 2 0
2013 19 J2 37 2 - 1 0 38 2
2014 J1 24 1 6 1 1 0 31 2
2015 5 30 1 8 1 4 1 42 3
2016 21 1 3 0 3 0 27 1
2017 29 1 5 0 3 0 37 1
2018 浦和 31 22 2 8 0 5 0 35 2
2019 25 1 1 0 3 0 29 1
2020 23 0 2 0 - 25 0
2021 4 37 1 11 0 6 1 54 2
2022 31 3 4 0 2 0 37 3
2023 8 0 7 0 2 0 17 0
2024 神戸 55 2 0 2 0 4 0 8 0
通算 日本 J1 254 11 57 2 33 2 344 15
日本 J2 37 2 - 1 0 38 2
総通算 291 13 57 2 34 2 385 17

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2015 J-22 - J3 1 0 1 0
通算 日本 J3 1 0 1 0
総通算 1 0 1 0
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2019 浦和 31 12 0
2022 4 8 1
2023/24 4 0
通算 AFC 24 1

その他の国際公式戦

タイトル

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クラブ

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ヴィッセル神戸ジュニアユース
ヴィッセル神戸U-18
浦和レッズ
ヴィッセル神戸

代表

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U-23日本代表

個人

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  • 日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会 MVP:1回(2009年)

代表歴

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出場大会

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エピソード

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親交のある歌手が「クソッタレが原動力~iwanami ver.~」という曲を、2016年リオ五輪直前の怪我を乗り越えて日本代表に選出された際に出場記念と誕生日を祝い、岩波の親しいアスリート達と共に日の丸を背負い戦う岩波へのエールになるよう制作された[18]。サッカー以外にも多くのプロアスリートがコーラスとして参加。

脚注

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  1. ^ 浦和DF岩波、故郷神戸の病院へ自店の弁当で恩返し”. 日刊スポーツ (2020年5月5日). 2020年6月19日閲覧。
  2. ^ U-18 DF岩波拓也選手「第2種トップ可」登録完了のお知らせ - ヴィッセル神戸公式サイト 2011年9月9日
  3. ^ 大津撃破の神戸U-18「今年一番の目標」プレミアリーグ昇格決定! - ゲキサカ 2011年12月18日
  4. ^ クラブユース選手権得点ランキング - ゲキサカ 2011年8月3日
  5. ^ 神戸U-18DF岩波拓也(2年) “94JAPAN”キャプテンの意地で2戦連続FK弾の活躍 - ゲキサカ 2011年7月30日
  6. ^ 神戸DF17歳岩波がPSV移籍 - nikkansports.com 2012年5月21日
  7. ^ ヴィッセル神戸U-18 DF岩波拓也選手プロ契約締結のお知らせ - ヴィッセル神戸公式サイト 2012年6月29日
  8. ^ 岩波が右足首を手術=J2神戸 - 時事通信 2013年11月18日
  9. ^ 岩波拓也選手の負傷について ヴィッセル神戸公式サイト
  10. ^ 岩波拓也選手 ヴィッセル神戸から完全移籍のお知らせ 浦和レッズ公式サイト(2017年12月26日)
  11. ^ 岩波“恩返し弾”の浦和、マウリシオV弾で今季初の2連勝!神戸は佐々木のJ1デビュー弾実らず敗戦 ゲキサカ(2018年4月11日)
  12. ^ DF岩波拓也選手 浦和レッズより完全移籍加入のお知らせ”. ヴィッセル神戸オフィシャルサイト. 2024年1月9日閲覧。
  13. ^ 日本1勝 クウェートに競り勝つ / U19 - nikkansports.com 2012年11月6日
  14. ^ 「ロングボールの呪縛」が引き起こす負の歴史 3大会連続で世界から遠ざかった日本 - スポーツナビ 2012年11月14日
  15. ^ 20日にJデビューしたU-19代表CB岩波「自信が凄くついた」 - ゲキサカ 2012年10月25日
  16. ^ 高校3年生のDF岩波がオランダの名門PSV入りへ - ゲキサカ 2012年4月26日
  17. ^ 神戸U-18DF岩波拓也「ワールドユースに出るために貢献できたらいい」 - ゲキサカ 2012年5月9日
  18. ^ クソッタレが原動力〜iwanami ver.〜 | 「強」オフィシャルサイト”. 2023年4月10日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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