エイ

板鰓亜綱に属する軟骨魚類のうち、鰓裂が体の下面に開くものの総称

エイ(鱏、鱝、鰩、海鷂魚、: Ray)は板鰓亜綱に属する軟骨魚類のうち、裂が体の下面に開くものの総称。

エイ
生息年代: 三畳紀前期-現世, 250–0 Ma
西インド諸島のボネール島で撮影されたマダラトビエイ
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
: 軟骨魚綱 Chondrichthyes
亜綱 : 板鰓亜綱 Elasmobranchii
上目 : エイ上目 Batoidea
学名
Batoidea Compagno1973

鰓裂が側面に開くサメとは区別される。約530種が知られている。世界中の海洋の暖海域から極域まで広く分布し、一部は淡水にも適応している。一般的に上下に扁平な体型で、細長い尾、5-6対のを持ち、多くは卵を胎内で孵化させて子を産む卵胎生である。尾の棘に毒を持つ種類もいる。サメの一部の系統から底生生活に適応して進化した系統のひとつと考えられているが、トビエイマンタを含む)のように海底の貝ではなくプランクトンを食べる二次的に遊泳生活に戻ったものもある。

特徴

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多くのエイは、ごく平らな体をしていて長く伸びた鞭状の尾を持つ。そのため、同じ軟骨魚類のサメ類とは全く異なった見かけをしている。しかし、一部には厚みのある体幹部が細長いものもあり、そのようなものではサメに似たようにも見える。サカタザメのようにサメという名を持つものもある。はっきりとした区別点は、サメでは頭部後方側面に開く鰓裂が、エイでは腹面に開くことである。両眼の後ろに水の取り込み口が開く。

一般的なエイは頭部から胴部と胸びれが一体になって全体が扁平になり、大きく水平に広がった胸びれの縁の薄い部分を波打たせて遊泳する。肛門はその後端に開き、腹びれ、尻びれはその近くにまとまる。それ以降の尾部は急に細くなり、後端は細長くなって終わり、尾びれはないものも多い。背びれが退化するものも多く、アカエイなどではこれが毒針に変化している。 多くのエイで体の外周付近は体盤(たいばん)にあたり、エイの大きさを表す用語として、縦の長さ(吻端から胸鰭の末端までの長さ)は「体盤長(たいばんちょう)」、横幅(両胸鰭間の最大幅)は「体盤幅(たいばんふく)」で表される。

ノコギリエイでは体は厚みがあって細長い。ガンギエイなどはエイらしい姿ではあるが、尾びれははっきりとしている。

雄のエイの尾の脇には、クラスパー(交接器・交尾器)と呼ばれる生殖器がある。このクラスパーは大きく2本あり目立つため、雌雄の判断が付きやすい。交尾の際にはクラスパーをメスの体内に挿入して体内受精を行う[1]

砂底の貝やエビ、カニなどを食べるため、歯は貝殻や甲羅を破壊しやすいよう臼型となっている[2]。底性の種は砂に潜ることができるものも多い。ウシバナトビエイは、普段は格納しているが頭鰭というヒレで海底を叩き砂を巻き上げて貝などを探す[3]

トビエイ目

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トビエイ、オニイトマキエイ(マンタ)などでは、遊泳生活を行い、プランクトンを口内の細長いくし状のエラ鰓板によって濾過摂食する[7]。摂食中は、頭鰭を広げて口に誘導するようにするが[8]、移動中は巻いて邪魔にならないようにする。

人との関係

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食用

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調味料サンバルで味付けされた炭火焼きのエイ

サメと同様に尿素を体液の浸透圧調整に用いているため、その組織には尿素が蓄積されており、鮮度が下がるとこれが加水分解してアンモニアを生じる。そのため、一般の魚と同じような料理には向かないともされる。しかし、地域によっては非常に好まれ、朝鮮料理ホンオフェのように発酵させることによりアンモニア臭を強調した加工食品も存在する。アンモニアを生じていないエイの肉は淡白な味わいで、肝は脂肪が多く、こくがある。また、ガンギエイのヒレを乾物にしたものは「エイヒレ」と呼ばれ、酒の肴とされる。

 
フランス料理のアカエイの黒バター添え

世界的に食べられる食材で、フランス料理でもエイは珍重される。ベネズエラではパステル・デ・チューチョ英語版というパイ包みが知られる。イギリスでもフィッシュ・アンド・チップスなどの形で食される。エジプト料理などにも見られる。インドネシアマレーシアではイカン・パリ(Ikan Pari )と呼ばれ、一般的に食べられる。その他、インド沖、タイ湾、ジャワ海などで食用に水揚げされる[9][10]

日本においても伝統的な食材であり、煮もの、刺身、汁物、あえ物、焼き物、煎り物などとして食される[11]。ただし、その調理法は地方によって異なる傾向にあり、全く食さない地方もある[11]。一部地域では、「エエ正月を迎える」などの意で、エイが大晦日や正月、祭りなどの特別な日に好んで食される[11]

秋田県山形県では、ヒレの軟骨部分の干したものを「かすべ」(秋田)[11]や「からかい」(山形)[12]と呼び、甘辛く長時間煮付けたものを郷土料理として振舞われる地域もある[11]。魚類としては腐りにくい特性を持つことから、山間部においても食すことが可能な魚であった[11]

 
カスベの煮付け。北海道の民家にて。

北海道ではほとんどが下処理済みで生の状態で販売され、通称「カスベ」とも呼ばれる[11]が、「カスベはエイのひれ」という事を知らない人も多くいる。種類は水カスベ・真カスベ。同様に、ヒレの軟骨部分を長時間煮て甘辛く煮付けたものを「カスベの煮付け」と呼び、一般的に食す。また、から揚げ天ぷらは特に好まれる。

青森県では北海道と同様、生の状態で販売されるが、濁音の「カスベ」以外に半濁音の「カスペ」でも呼ばれることもある[13]

一部のラーメン店では、スープの出汁に隠し味として使用する店舗もある。

エイ類の2014年の上場水揚量[14]
順位 漁港 上場水揚量(t 単価(/kg
第1位 根室漁港 北海道 395 180
第2位 稚内漁港 北海道 190 187
第3位 紋別漁港 北海道 131 200
第4位 小樽漁港 北海道 107 208
第5位 歯舞漁港 北海道 84 215
第6位 長崎漁港 長崎県 73 53
第7位 網走漁港 北海道 37 332
第7位 銚子漁港 千葉県 37 85
第9位 新潟漁港 新潟県 34 425
第10位 室蘭漁港 北海道 31 264

他の利用

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エイの鏃

エイの皮革は、日本刀の柄や革製品に利用される。珍しいところでは、エイの棘を矢につける鏃にしたものが縄文時代古墳時代の遺跡から見つかっている[15]

淡水産のものは淡水エイと呼ばれ、熱帯魚として観賞される。その姿から、海産種は水族館において人気者である。

アカエイなどいくつかの種では背びれが毒針に変化している刺毒魚英語版である。毒はタンパク質系の毒素で、10分程度で刺すような痛みが始まり、30‐90分ほどで痛みのピークとなり最大48時間継続する。そのほか、筋肉の痙攣・筋線維束性攣縮・頭痛・発汗・めまい・嘔吐・下痢・失神・呼吸困難・不整脈などや、感染症を引き起こす場合がある。処置として、毒が熱に弱いことから刺された直後に患部を温水に入れて毒を分解して痛みを和らげ、抗生物質を投与することが行われる。棘による外傷で致命傷となる場合は止血、棘の除去やデブリードマンを必要とする場合がある[16][17][18]

2006年9月4日には、オーストラリアで環境保全主義者のスティーブ・アーウィンが、グレートバリアリーフで撮影中にアカエイに胸を刺されて死亡した。また浜辺で死んでいるエイにも、毒は残っているので注意が必要である。

シビレエイ目は強力な電気を発するため、これも扱いには注意が必要である。

ナルトビエイ瀬戸内海有明海などで大量発生し、アサリをはじめとする貝類の漁業被害が深刻な問題となっている。

対策として、背びれが毒針に変化した種を捕獲する際は、まず毒針のある尾をタモの中に巻きつけて固定してから引き揚げると良いとされる。また、ダイバーなどが誤って踏みつけて刺されることが多いため、着地する際は何かで振動を与えるなどでエイを逃がすか存在を確認してから砂地に降りるなどが推奨される[17][18]

分類

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ゴマフシビレエイ
 
ノコギリエイ
 
メガネカスベ
 
アカエイ

Nelson (2006) の分類[19]によれば、エイ類はシビレエイ目ノコギリエイ目ガンギエイ目トビエイ目の4つの目に分類される。以前のNelson (1994) の分類ではエイ類はエイ目にまとめられ、これら4つは下位分類で亜目とされていたが、現在ではサメ類の9つの目とエイ類の4つの目が並列される傾向にある。現生エイ類は全てエイ亜区 Batoidea に含まれる。板鰓亜綱における、化石種も含めた分類の全体的な概観を以下に示す。

  • Infraclass(下綱) Cladoselachimorpha (化石種)
  • Infraclass(下綱) Xenacanthimorpha (化石種)
  • Infraclass(下綱) Euselachii
    • Division(区) Hybodonta (化石種)
    • Division(区) Neoselachii
      • サメ亜区 Selachiiサメ
      • エイ亜区 Batoidea
        • シビレエイ目
        • ノコギリエイ目
        • ガンギエイ目
        • トビエイ目

次に下位分類を示す。

系統

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マイケル・ベントン, 2005を基に作られた軟骨魚類の系統樹[20]。Batoideiはジュラ紀に現れたとされる。初期のエイとしてAntiquaobatis英語版がいる。

以下のような系統樹が得られている[21]

Batoidei
ガンギエイ目 Rajiformes

ガンギエイ科 Rajidae

ホコカスベ科 Anacanthobatidae

オッポカスベ科 Gurgesiellidae

ヒトツセビレカスベ科 Arhynchobatidae

ノコギリエイ目 Rhinopristiformes

Trygonorrhinidae

Zanobatidae

サカタザメ科 Rhinobatidae

シノノメサカタザメ科 Rhinidae

ミナミサカタザメ科 Glaucostegidae

ノコギリエイ科 Pristidae

ウチワザメ科 Platyrhinidae

シビレエイ目 Torpediniformes

トビエイ目 Myliobatiformes

脚注

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  1. ^ モトロ、ちょっと成長”. 世界淡水魚園水族館 アクア・トト ぎふ - 岐阜県各務原市の水族館. 2023年11月25日閲覧。
  2. ^ 後藤仁敏板鰓類の進化における歯の適応」2012年3月、doi:10.24791/00000087 
  3. ^ 頭に鰭(ひれ)?”. 男鹿水族館GAO (2014年3月23日). 2024年6月19日閲覧。
  4. ^ Khanna, D. R. (2004). Biology Of Fishes. Discovery Publishing House. ISBN 9788171419081. オリジナルの2022-01-10時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220110002707/https://books.google.com/books?id=E0Oy1i-8vfsC&q=teeth+that+are+modified+placoid+scales&pg=PA26 2020年11月21日閲覧。 
  5. ^ この孔、なあに?──気になる2つの孔”. 東京ズーネット TOKYO ZOO NET. 2023年11月25日閲覧。
  6. ^ 深海エイの赤ちゃん誕生!ザラカスベの赤ちゃんと卵を展示|アクアマリンふくしま”. www.aquamarine.or.jp. 2024年6月19日閲覧。
  7. ^ マンタ”. natgeo.nikkeibp.co.jp. 2024年6月19日閲覧。
  8. ^ ナンヨウマンタ”. 沖縄美ら海水族館. 2024年6月19日閲覧。
  9. ^ Froese, Rainer and Pauly, Daniel, eds. (2010). "Dasyatis zugei" in FishBase. January 2010 version.
  10. ^ White, W.T. (2016). Telatrygon zugei. IUCN Red List of Threatened Species 2016: e.T60160A104082989. doi:10.2305/IUCN.UK.2016-3.RLTS.T60160A104082989.en. https://www.iucnredlist.org/species/60160/104082989. 
  11. ^ a b c d e f g 冨岡典子、太田暁子、志垣瞳、福本タミ子、藤田賞子、水谷令子「エイの魚食文化と地域性」『日本調理科学会誌』第43巻第2号、日本調理科学会、2010年、120-130頁、doi:10.11402/cookeryscience.43.120 
  12. ^ からかい煮・棒鱈煮”. お宝読本 タカラの山ガタ. 2017年7月23日閲覧。
  13. ^ もっちり派?カリカリ派?(カスペ)”. 青森市中央卸売市場 青森魚類株式会社 (2012年5月17日). 2019年2月10日閲覧。
  14. ^ 一般社団法人漁業情報サービスセンター. “漁港別品目別上場水揚量・卸売価格”. 産地水産物流通調査. 水産庁. 2015年11月19日閲覧。
  15. ^ 宮城県東松島市にある縄文時代の里浜貝塚、同県多賀城市にある古墳時代の山王遺跡八幡地区。松井章「狩猟と家畜」、『列島の古代史ひとものこと』第2巻169頁。多賀城市史編纂委員会『多賀城市史』1(原始・古代・中世)200頁。
  16. ^ Clark, Richard F.; Girard, Robyn Heister; Rao, Daniel; Ly, Binh T.; Davis, Daniel P. (2007-07). “Stingray Envenomation: A Retrospective Review of Clinical Presentation and Treatment in 119 Cases” (英語). The Journal of Emergency Medicine 33 (1): 33–37. doi:10.1016/j.jemermed.2007.03.043. https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0736467907002867. 
  17. ^ a b Charnigo, Aubri (2024年). “Stingray Sting”. StatPearls Publishing. 2024年2月9日閲覧。
  18. ^ a b 環境省_せとうちネット:アカエイ”. www.env.go.jp. 2024年2月9日閲覧。
  19. ^ Joseph S. Nelson, Fishes of the world, 4th edition: Wiley & Sons, Inc., 2006
  20. ^ Benton, M. J. (2005). Vertebrate Palaeontology (3rd ed.). Blackwell. Fig 7.13 on page 185. ISBN 978-0-632-05637-8. https://books.google.com/books?id=VThUUUtM8A4C&pg=PA185 
  21. ^ Naylor, G.J.; Caira, J.N.; Jensen, K.; Rosana, K.A.; Straube, N.; Lakner, C. (2012). “Elasmobranch phylogeny: A mitochondrial estimate based on 595 species”. In Carrier, J.C.; Musick, J.A.; Heithaus, M.R., eds. The Biology of Sharks and Their Relatives (second ed.). CRC Press. pp. 31–57. ISBN 1-4398-3924-7. http://prosper.cofc.edu/~sharkevolution/pdfs/Naylor_et_al_Carrier%20Chapter%202.pdf. 

参考文献

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  • 松井章「狩猟と家畜」、上原真人・白石太一郎・吉川真司・吉村武彦(編集委員)『列島の古代史 ひとものこと』第2巻(暮らしと生業)、岩波書店、2005年。
  • 多賀城市史編纂委員会『多賀城市史』1(原始・古代・中世)、多賀城市、1997年。

関連項目

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