ヤツメウナギ
ヤツメウナギ(八目鰻、lamprey)は、無顎類(円口類)頭甲綱(ヤツメウナギ類)ヤツメウナギ科に属する動物。一般に脊椎動物として最も原始的な形質を持った動物の一つであると認知されている。無顎類は、今いる多くの顎を持った脊椎動物(顎口類)が分岐する以前に分かれた別系統のグループであり、厳密な意味での魚類ではない。よって外見の類似から「ウナギ」の名を冠してはいても、ウナギとは無縁の動物である。
無顎上綱 | |||||||||||||||||||||
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ヤツメウナギ
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分類 | |||||||||||||||||||||
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概要
現生種はヤツメウナギ科Petromyzontidae1科のみであり、6属41種が世界中の寒冷水域に生息している。熱帯域には全く見られない。 日本国内では、カワヤツメLethenteron japonicum、スナヤツメL. reissneri、シベリアヤツメL. kessleri、ミツバヤツメL. tridentataの4種が生息するとされており、このうちカワヤツメと一部のスナヤツメは食用になる(後述)。外見的な大きな特徴は、無顎類(円口類)の名の通り、顎を欠くことである。その他にも対鰭を持たないなど、無顎類の姉妹群である顎口類に特徴的な形質を欠いているため、脊椎動物の起源と進化を考える上で極めて重要である。
生物学的特徴
体の両側に7対の鰓孔があり、それが一見眼のようにみえることから本来の眼とあわせて「八目」と呼ばれる。鱗のない体は細長く「ウナギ型」で、種によって体長13-100cmと幅がある。明確な正中鰭(背鰭、尾鰭)を持つが、対鰭を全く欠く。
無顎類に共通する特徴として、顎を持たない。ヤツメウナギの成体の口は吸盤状をしており、強い吸引機能を持つ。これで河底の石などに吸いついて、姿勢を保持することができる。またカワヤツメなど、多くの種ではこれで魚類に取り付き、ヤスリ状の角質歯で傷を付けて体液を吸う。一見するとその様は大きなヒルが取り付いているようにも見える。
外鼻孔は、1対開口する顎口類とは異なり単一で、登頂に開口する。鼻管は盲嚢状。内耳には半規管を2つ持つ。眼は大きく、よく発達したレンズや外眼筋も備えている。
骨格は、顎口類などと比べるとかなり発達が悪く、脊椎に関しても椎体がなく、太い脊索の背側に神経弓だけが対になって連続している。 更にヤツメウナギの軟骨は、軟骨細胞外マトリックスとしてlamprinと呼ばれるエラスチン様の独特なタンパク質を多分に含み、他の多くの脊椎動物とは軟骨の成分が異なる。
繁殖は淡水河川で行い、5mm程度の黄色い卵を、種によって数百~数万個も産卵する。ひと月ほどで孵化すると、まずアンモシーテスと呼ばれる幼生期を数年間過ごし、その後成体へと変態する。アンモシーテス(Ammocoete)とは、もともと新属として設けられた名称だったが、これがヤツメウナギの幼生と判明すると、その名称がそのまま幼生の呼称となった。アンモシーテスの基本的な概形は成体に似るが、口は吸盤状でなく漏斗のようで、泥底に潜って水中から有機物を濾しとって食べている。また眼が未発達であり、外からはほとんど確認することができない。
変態後の生態は、種によって降海型と残留型に大別される。カワヤツメなどは前者で、変態した若魚は2,3年海を回遊して再び繁殖期になると河川を溯上する。スナヤツメなどは後者であり、繁殖期まで一生を淡水で過ごし、変態後は消化管も糸状で餌を採らない種が多い。
ヤツメウナギ及びヌタウナギは軟骨魚類以上の脊椎動物には存在する血液中の免疫グロブリンが存在していない事から、抗体機能の解明にヒントになり得ると見られている。
食材
日本国内の場合、食用とされるのはほとんど日本産カワヤツメである。約50-60cm。背側は黒青色で腹側は淡色。春に川を遡上し、5-6月に産卵する。 日本海側では島根県以北、太平洋側では茨城県以北に分布している。新潟県、山形県、秋田県などの日本海に注ぐ河川で多く獲れる。脂肪に富み、ビタミンAを15万IU/100g以上含む。このため、江戸時代から鳥目の薬としてヤツメウナギの乾物が出回っていた。
上記で春から川を遡上とあるが、12月、1月、2月の寒い時に川で獲れる。東北、北海道などの東日本・日本海側が本場。肉が固くてモツのような弾力と歯応えがあり、レバーのような独特の風味を持つ。最近は漁獲量が減り、大きさも一般に小さくなって来ている。
現在でも産地以外では鮮魚としてカワヤツメを得る事はほとんど不可能で、乾物か冷凍品という事になる。産地の秋田県では、カワヤツメをぶつ切りにして醤油と出汁の濃い目のツユですき焼き風に煮込むかやきが冬の味覚となっている。関東では蒲焼きを売り物にする料理店もある。また、縁日の屋台でもカワヤツメの蒲焼きが売られる事がある。肝は特に栄養分が多いため、これを軟骨と共にミンチにして「肝焼き」として供する事もある。ただし、クセが強いので好き嫌いは普通の蒲焼以上にはっきりとする。乾物は丸ごと白焼きにしたものを油が漏れ出さないように切り分け、佃煮風に甘辛く煮て食べる。ビタミンAを多く含む事から、古くは夜盲症(鳥目)や疲れ目などの症状改善に用いられた。 現在、台東区浅草において八ッ目鰻蒲焼専門店が営業を続けている。
ヨーロッパにおいてはローマ帝国の頃から食されており、時代によって高級食材となったり、貧しい人々の食料となったりした。そのローマ帝国時代には養殖用の池をつくり、主人が罰する生き奴隷を入れて、ヤツメウナギのエサにした。
イギリスには、イングランド王ヘンリー1世がヤツメウナギ料理の食べ過ぎで死亡したといわれる伝説がある。
フランスにおいては「ヤツメウナギのボルドー風 (Lamproie aux poireaux)」と呼ばれる料理がある。ボルドー地方の名物料理で、現地では缶詰にされたものも売られている。カワヤツメばかりでなく、ヨーロッパスナヤツメも用いられる。食感や風味が肉類や内臓類に近い事もあって、現在でもフランス、ポルトガル、スペインなどではパイやシチューの材料として盛んに用いられている。
しかし、一般的には薬品やサプリメントの原料となる事の方が多く、乾燥品を粉砕して飲用したり、身や肝から魚油を抽出してカプセルやドロップの形にして服用する。現在でも伝統薬・八ッ目鰻のキモの油などに代表される医薬品が夜盲症・疲れ目の適応として販売されている。
前記の通り、食や薬品の原料となるのはカワヤツメであるが、終戦直後の頃にはスナヤツメも魚油の原料として用いられた事もある。
生態系への影響
五大湖では、本来は外洋とつながる河川はセントローレンス川1本のみであったが、19世紀初頭から始まったいくつかの運河建設により、ハドソン川など複数の他河川とつながった。その結果、大型種のウミヤツメが大量に流入し、各湖の魚類に寄生したため、漁業資源として重要なサケ科をはじめ多くの魚類が激減する深刻な被害をもたらした。そのため、年間約27000匹のオスを捕らえ、不妊化処理を行い川に戻すという事業が行なわれている。
外部リンク
どらく 地球異変余禄 北米・外来種編(2) 五大湖で繁殖するヤツメウナギやゼブラ貝についてのレポート(朝日新聞社)