河辺飛行場(こうべひこうじょう)は、かつて京都府中郡河辺村と新山村(いずれも現・京丹後市)にまたがる地区に存在した大日本帝国海軍の飛行場である。 太平洋戦争中の1941年(昭和16年)、峯山海軍航空隊の施設として長さ800メートル・幅80メートルの滑走路などが建設された。1945年(昭和20年)2月以降には特攻隊員の飛行訓練が行われた。同年7月下旬には隊員が鹿屋航空基地や岩国航空基地などに派遣されたが、全員とも出撃しないまま終戦を迎えた。河辺飛行場自体は7月30日の峰山空襲で破壊されている。