デイビッド・ベンジャミン・ジェームス(David Benjamin James MBE, 1970年8月1日 - )は、イングランド・ウェリン・ガーデン・シティ出身の元サッカー選手。元イングランド代表。現役時代のポジションはゴールキーパー。現在はサッカー指導者として活動しながら、BTスポーツで定期的に評論家も務める。 現役時代の2009年2月14日にガリー・スピードが持つプレミアリーグの最多出場記録を536試合に更新し、2011年5月14日にライアン・ギグスに抜かれるまで記録保持者であり、さらに、プレミアリーグ最多通算無失点試合(170試合)を達成している。また、リヴァプールFC時代の1994年2月から1998年2月の159試合、マンチェスター・シティFCとポーツマスFC時代の2006年から2008年の166試合の2度に渡ってプレミアリーグ連続出場記録を達成している(後に両記録はチェルシーFCのフランク・ランパードとアストン・ヴィラFCのブラッド・フリーデルに破られた)。 2012年の自身の誕生日には、それまでのサッカーと慈善活動が認められて大英帝国勲章の団員であるMBEの一員に任命された。2013年10月に子供の頃からサポーターだったルートン・タウンFCのカンファレンスに参加し、指導者としての道を歩み始めた。

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  • デイビッド・ベンジャミン・ジェームス(David Benjamin James MBE, 1970年8月1日 - )は、イングランド・ウェリン・ガーデン・シティ出身の元サッカー選手。元イングランド代表。現役時代のポジションはゴールキーパー。現在はサッカー指導者として活動しながら、BTスポーツで定期的に評論家も務める。 現役時代の2009年2月14日にガリー・スピードが持つプレミアリーグの最多出場記録を536試合に更新し、2011年5月14日にライアン・ギグスに抜かれるまで記録保持者であり、さらに、プレミアリーグ最多通算無失点試合(170試合)を達成している。また、リヴァプールFC時代の1994年2月から1998年2月の159試合、マンチェスター・シティFCとポーツマスFC時代の2006年から2008年の166試合の2度に渡ってプレミアリーグ連続出場記録を達成している(後に両記録はチェルシーFCのフランク・ランパードとアストン・ヴィラFCのブラッド・フリーデルに破られた)。 ワトフォードFCでキャリアを開始した後は、リヴァプール、アストン・ヴィラ、ウェストハム・ユナイテッドFC、マンチェスター・シティ、ポーツマスFCといったプレミアリーグの数々のクラブに在籍し、1995年のリヴァプール時代にフットボールリーグカップ、2008年のポーツマス時代にFAカップのタイトルを獲得。また、FAカップでは1996年のリヴァプール、2000年のアストン・ヴィラ、2010年のポーツマス時代に準優勝だった。この2010年のFAカップでは、FAカップの歴史上で決勝戦に出場した最高齢(39歳287日)のゴールキーパーだった。イングランド代表としては、1997年から2010年までの間で53試合に出場し、UEFA EURO 2004と2010 FIFAワールドカップの2大会で正GKを務めた。 2012年の自身の誕生日には、それまでのサッカーと慈善活動が認められて大英帝国勲章の団員であるMBEの一員に任命された。2013年10月に子供の頃からサポーターだったルートン・タウンFCのカンファレンスに参加し、指導者としての道を歩み始めた。 (ja)
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